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ほんとはね、っていうことば
だいきらいなの。
だって、〇〇したら、〇〇すればってことじゃない?
たらればってことじゃない?
おいのりもきらいなの。
おほしはもう、
おいのりをやめた。
【星を捕まえた男】【星は願いを】
男は煙草を吸わない。
男の世界は三畳の部屋だけだ。
ときたま電話が入って、受話器を取ると、二言の言葉が囁かれる。男はすぐに電話を切って、寝ていた布団を整える。
ルラルラ、ル。
鼻歌を少し歌いながら男は白いシャツを着る。
素肌にそれ一枚きりを羽織って客を待つ。繁華街にある居酒屋の奥に彼はいる。
三畳の部屋が彼の世界だ。客を取らないときは自由に出来る。
客を取るときは少し楽しみもある。快楽は好きだ。
男は大柄な中年男性で、これといって特徴はない。
居酒屋の店主はほそぼそと商売を続ける冴えない老人だ。男の前の住居人は若い女だったが、いつのまにかどこかへ飛び立った。男はお客を取る。老人はお客から金を貰う。
それだけのはなしだ。
男は突然この部屋にやってきた。
若い男が血相を変え、「この男をあの部屋に」と言ったので、空き室だった部屋に男を入れた。
若い男は青い顔をして、「こいつを表にだしてはくれるな」そう言ってどこかへ行ってしまった。それきり音沙汰はない。男は状況をよく解ってはいなかったが、システムを説明すると、ガラの悪い笑いをして、「まあ、いいか」と言った。
男だし、年も食っていたのであまりお客は喜ばなかったが、それでも半年もすれば顧客はついた。それから同じような趣味の男達がその男を一晩買った。男はほんとうに普通の男だったが、それがいいと言う男もいたし、それがよくないという男もいた。
男はただ、生きているだけのようだった。
「お客」
その日、老人はいつものように三畳の部屋に繋がる子機に電話をし、受話器を置いた。
いつもと違うのは、腹に拳銃を押し付けられていることだけだ。本職の悪い奴らが、押し掛けてきた。
若い男が数人の男を従えて、三畳の部屋にいる男の顔写真を突き出した。
「こいつ、いるんだろう。出せ」
もしかしたらあの男に惚れた男なのかもしれない。それに老人には男を庇って命を捨てるほど、あの男の事を知らないのだ。だから、いつものように電話をした。
「お客」
そう言われた男は待っていた。お客を。
それなのに、どうだ。
ドアが開いた途端に幾人もの男がやってきた、三畳の世界に土足で入り、ぼんやりしている間に男は口元に布を当てられ昏倒してしまった。
気がつくと、あの部屋だった。
工藤は酷く落胆した。折角逃げられたのに。山岡をたらしこんで俺を連れて逃げてくれと言ったのに、あいつは俺を売春宿に預けるとズらかってしまった。だけどこの部屋よりマシだと思った。また、帰ってきてしまった。いっそ、縊ってほしい。
そして気がついた。工藤の首にはネクタイが巻きついている。二重に巻かれたネクタイ、そしてそれにつながっているのは両手だった。両端に両手。どちらかをくん、と引っ張れば、首が絞まる。首との間隔は20センチ程度で、少し揺らしただけで首が、きゅっ、と。
「ああ、なんてこった」
工藤は絶望した。またしても、絶望した。
鈴木がこちらを見ていたのだ。
「工藤さん、探したぜ。あんた、とんでもないやつだ」
「帰して、俺を帰してくれ。元の場所へ」
「もう帰れないよ。あんたの居場所はここなのだよ」
「嫌だ、ああ、嫌だ」
「もがけば首が絞まるよ、あんたのその手はもう祈るしかないんだよ。両手を合わせて俺にすがるしか出来ないよ」
「山岡は」
「あいつはもういないよ。あんたを逃がした罰を受けた」
「ああ、あああ、ああ」
鈴木は工藤に覆いかぶさった。工藤は必死に鈴木を押し戻そうとしたが、するたびにきゅっ、と首が絞まるので、仕方なく両手を組んで、耐えるしかないことに気がついた。それはお祈りをするときのポーズに似ていたが、彼は一切の希望をなくしていたので、
これは祈りではなく、単なる棺おけに入る体勢なのだなあ、と思った。
そして工藤は考えることも億劫になって、ベッドに深く沈みこんだ。
【星は願いを】
おしまい
【星を捕まえた男】完
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