親切な悪魔が語る慈愛の王の話

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ねえ貴方。悪魔の像を想像してご覧なさい。 あれは神様の醜い虚飾なのです。 悪魔はとても美しくて、とても親切なのですよ。 もちろん誰にでも、ということではありませんがね。 悪魔は綺麗好きです。そして美しいのです。 悪魔は聖書や教会で見るようなおぞましい姿をしていません。 もしも、あなたの前にあんなグロテスクな者が「願いを叶えましょう」なんて言ってごらんなさい。悪魔の私だってお断りです。 神様は私達が余りにも美しいので、嫉妬されています。そして、悪魔はおぞましくて、ゲテモノを食べて、洞穴に住んでいると嘘をつきます。 それは私達、悪魔が美しく、勤勉で、人間の友に最もふさわしい種族だと解っているので、悪魔の事を貶めているだけなのです。 神様がいうところの地獄は清潔です。私達は色素が余りありません。白い肌ですし、翼もとても白いのです。 なぜならば、日の光があまり得意ではありませんので、水晶がきらめく地下世界に多くの悪魔が住んでいるからです。 ですから私達の肌はいつも白く、羽も染みのない白い羽なのです。 どちらかというと、天使は怖い顔をしています。 戦いに明け暮れていますので、戦士然としていますし、羽の色も茶色とか、灰色ですとか。 自然の鳥の羽と変わりはありません。 さて、私はそんなに有名な悪魔ではありません。普通の良き悪魔です。 今日は私達悪魔の善行を一つお話しようかと思います。 我々と貴方が良き関係を築けますように。 【親切な悪魔が語る慈愛の王の話】 ある所に一人の男がおりました。 彼はとても思いやりがあり、武に優れておりました。彼はある国の第一王子でした。 王子と言っても30を5つ過ぎております。 彼を表すとしましたら……そうですね。お人よしです。 彼はお世辞にも頭がいいと思えません。彼は目の前にある喜びが全てで、目の前にある悲しみが全てなのです。 視野が狭い、何かを守るために何かを切り捨てる事もできない。悪く言ってしまうと王には向いていない男ですが、私は嫌いじゃありません。 なぜなら悪魔はそういう、言ってしまえば愚鈍ともいえる人種が大好きです。 私達は人間の生命をいただきます。でも、無理やりではありません。 なにかと引き換えに、が当たり前です。私達は神様のように、無償の献身を求める非道な事は致しませんとも。 あんな、死んだら天国に行けると、今の人生になんの関係のない約束なんて、ねえ。 私達悪魔は人間の魂のなかでも、気高く、慈しみのある愚鈍な人がとても好きです。 彼等は計算などしません。とっても素直に私達を愛してくれます。 それが私達は大好きなんですよ。 彼の国は父王が長く君臨し、貴族達が自分たちの私腹を肥やそうと画策しておりました。ですから、多くの民は高い税金に苦しめられていたのです。 慈しみのある男は、その現状を危惧しておりました。彼は良く街に出かけては、身分など関係なく民を愛し、民もまた彼を愛しておりました。 でも、人間は悲しいものですね。 誰かが余計な事をすると、そこから嫉妬が生まれるのです。 彼を一番憎んだのは、彼の弟である第二王子です。彼は自分が優れていると思っていました。 兄は自分と比べて劣っていると思っていました。 なぜなら第一王子は第二王子よりずいぶん年をとっていましたし、剣の真似事や馬はのりこなせましたが、政治の事に関してはあまり上手ではありませんでした。 第二王子は第二王妃の子供です。美しいお顔に母親譲りの酷薄そうな表情がとてもお美しい方でした。私の種族に少し似ていたので、あんまり好きではなかった。 だって、つまらないでしょう? 第一王子は国を憂いていました。自分がもし王になったなら、税を下げ、卑しい貴族たちを一掃しようと思っています。そう言う気概のある方です。 自然に若者達が集まります。剣に覚えのあった第一王子は自ら騎士団長を申し受け、剣の覚えのある若者達に職を与えました。 彼はとても優しいのです。 彼は自分が与える側だと解っていました。 そして与える事こそが王だと思っておりました。 誰一人、零すことなく愛することが出来たなら。愛し合う事が出来たなら。 そういう事を心の底から思える愛しい方なのでした。 私は、彼以上に素晴らしい人間を見た事がありません。 人が人である全てを持っておいででしたから。 例えば、人に全てを捧げる事ができ、そして自分の不運を運命だと諦め、絶望を感じた時に、他人を引きずり込まずに自らが奈落に堕ちるのです。 なんと美味しい食べ物なんでしょうね。 彼はこの世で一番のご馳走です。 そうそう、私は悪魔の像と同じくらいに不満を持っていることがあるのです。 それは私達の事を好きな人間の皆さんが私達に生贄を捧げるでしょう? 大抵は処女の娘さんです。 あれは基本的に神様の捧げものに由来していると思うのですが…。 私達はああいう魂は好きではありません。 なにも感じず、無味無臭の素気のないあんなもの、お断りです。 味も全然しません。塩の入っていないスープと同じです。 私達が好むのは、素直な魂が打ち震え、嘆き、絶望を感じ、悲鳴をあげている魂です。 その味はまるで、瑞々しい梨を齧ったようなのに、炙った肉のほとばしる脂を飲み込んだようで、それはそれは素晴らしい濃厚な味わいなのです。 それをガリガリ、ガリガリ。打ち砕きながら、啜り、貪りつくすのがたまらない、ああ、お腹が減った。 なにせ、あまりそんな素敵な方はおられませんので、私達悪魔はいつでもお腹が減っています。 でも、私達はとてもグルメなので、美味しそうな方を見てもすぐには魂をいただこうと思っていません。 その魂の人生にゆっくり味付けして煮込んで、美味しくいただきます。 その方が人間の方も喜んでくださいますでしょう? 命は粗末にしてはいけませんからね。 そんな訳ですから、私達はいつも素敵な人間のそばに身を潜めていて、困った事があればすぐにでもお助けしようと思っているのです。
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