親切な悪魔が語る慈愛の王の話

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そうしているうちに第一王子の国に、ある一大事が起こります。 それは王様の死、でした。 王様は随分年老いていらしたのですが、とても元気でした。けれども、ある日突然心臓を抑えて亡くなってしまわれました。 第一王子はまず、王の死を悲しみました。七日間の喪に服されたのです。自分の部屋に籠り、王の為にただ祈り、きちんと天国に召されるように神に願いました。 第二王子はまず、すばやく大臣や、貴族達を呼び、誰が王にふさわしいか、誰がどれだけ得ができるかということを金貨の袋を何個も卓上に置いて、お話をされました。 そして、七日後の朝に第一王子が部屋から出ますと、待っていたのは槍を握った兵隊と、第二王子だったのでした。 「お兄様、あなたはお父様を毒殺されました。謀反人として、処刑されるのです」 第二王子が酷薄そうに笑うと、第一王子は素晴らしく愚鈍に、率直にお怒りになりました。 「お前はなんと愚かな男だ、俺がそのようなことをする人間だと、思っているのか」 すると、第二王子は私達、悪魔みたいな事を言ったのです。なんと恐ろしい方。あの方は恐らく人間ではありません。きっと生まれる種族を間違えたのです。おかわいそうに。 「あなたは私がこんな事をするとは思ってもみなかったのですか?そうだとするなら愚かな男はあなたではありませんか。そんな事ではこの醜い世の中では生きてはいけませんよ。哀れなお兄様にはすぐに心臓が痛んで死んでしまうお薬も差し上げましょう。明日の朝に多くの人民の前で死ぬか…、牢屋で死ぬか選ばせてあげますよ。なあに、遠慮することはない、私の慈愛だ」 第一王子はそこで悟ったのです。 王様が死んだのが誰のせいか、ということを。 第一王子は憤怒の顔で第二王子にとびかかろうとしましたが、多くの兵隊が第一王子を取り押さえてしまいました。 そして、兵隊達は哀しい顔をして第一王子を牢屋に放り込んだのです。 第一王子は一服の毒薬をもたされ、城の地下牢で嘆いておりました。もちろん自分の力のなさにです。 「俺はなんという愚かな男だったのだろう、第二王子があんな恐ろしい事を考えるまでに追い詰められていたとは……。俺がもう少し気づいてやれたなら、あんな愚行は止められたはずなのに。ああ、神よ。どうか我が父が安らかに天国へ行けますように。そして、恐ろしい事をしたとはいえ、心優しい弟が神に許されますように」 そして第一王子が手を合わせて祈った時に、私が現れたのです。 すると、第一王子は涙を流して喜んでくださいました。 「天使よ、私の祈りを受け取ってくれたのか…!」 「私は天使という名前ではありませんが…、あなたがそう言うのならば、それでも構いはしませんよ」 そう言って、私は極力第一王子に気に入っていただけるように優しい笑みを浮かべました。そして、こう告げたのです。 「貴方の善行を称えて私はあなたの願いを叶えに参りました。その代わり、ねえ。あなたが死ぬとわたしの所へ来ることになるのですが…構いませんよね?」 「もちろんだとも、どうか私を導いてくださる天使よ。私の魂くらい、差し出そうとも」 ねえ、貴方様。私の喜びを解っていただけますか? 勇ましいお顔の王子が私に跪きます、私の事を心の底から信じています。 私が大きく両翼を広げると、第一王子が跪き、私の足に、そっ、と口づけしたのです。 私は震えました、なんと素晴らしい方なのでしょう。彼は、純真でした。そして、生まれながらにして殉教者でした。 彼こそ、不幸の香辛料が良く似合う。 その漲る瞳から流れる、あふれんばかりの自前の塩を体中に塗りたくり自ら味付けし、私に食べられるのを今か今かと待っている、いじらしい一皿だと確信しました。 私はこの方に、最大の力を注ぐことにしました。 この人を美味しく食べようと。 彼より手をかけて食事をしたことがある悪魔がいないほど、私はこの男の魂を最大限に魅力を引き出して、一番美味しい時を逃さず食べたい、と誓ったのです。 それが私達悪魔にとって、最大の賛美なのです。 興奮を隠しながら、私は第一王子に、それでは何を望みか、と尋ねます。 すると彼は誰もが愛を持って暮らせる国を作りたい、と言います。私はそれは民が貴方を愛するということですか、と言うと少しはにかみました。 「いや、私はいいのです、天使様。みなが幸せであれば」 そこで私は助言いたしましたとも。 「愛の基準はまちまちですから、あなたが愛して、あなたも愛される国、という願いはいかがですか?」 「それはいい国になりそうだ。天使よ、あなたのお導きは素晴らしい」 そう言って彼は男らしいお顔をほころばせたのです。 私は彼の願いを叶えるために、彼が持っていた毒薬を利用することにしました。 私は毒薬に囁くのです。 「さあ、お前。私のいう事をお聞き。お前は人を殺すだろう、それと同じだけ、人を愛する薬になれるのだよ」 すると、毒薬はもぞもぞと動き、形を変え、揺れ動く、一滴の水銀のようなものに変化しました。 願いや、力というのは対価です。 強い力を手に入れようと思ったら、強い願いがいる。 強い気持ちほど、逆転しやすいのです。 毒薬は人を殺しますから、人を殺せるほど愛する物に変化させることもたやすいのです。 そして、私は第一王子の口先に毒薬であったものを持っていき、お飲みなさい。と言いました。 彼は私を少しも疑うこともなく飲み干しました。 そして、あまりにも強力な願いと効力によって気を失ってしまわれたのです。 彼が次に気が付いたのは、処刑の朝でした。 無情に響く足音で彼は気が付きました。二人の兵隊と、処刑を告げる役人です。 私は姿を消して見守っておりました。 彼は落ち着いておりました。私をまるっきり信じているようでした。 彼は目を瞑って、牢屋が開くのを待っていました。彼を罪人のように役人が名前を呼びます。さあ、立て。と言った時、第一王子が目を開けました。 その途端に目の前に立っていた男達は第一王子に跪きました。そして涙するのです。 「愛しています、私達の王よ……!」 第一王子は私を信じています。私に感謝しながら、歩きだします。地下牢から彼が抜け出すと、お城で出会った人々は全てなにか神々しいものを見たように、地面にひれ伏し、彼を拝むのでした。 いえ、全てではありません。彼が慈しみを込めた騎士団の面々です。彼らは最初怪訝な顔をした後、なぜか醜い物をみたような顔をするのです。第一王子が近づくと、寄るな!と怒るのですが、その憎しみをむき出しにした表情のまま、地面にひれ伏し、最後には他の人間と同じような表情をして、彼をありがたがるのでした。 これにはカラクリがありました。 願いや、力というのは対価です。 強い力を手に入れようと思ったら、強い願いがいる。 ですから、憎しみは愛に。その反対は?愛は憎しみに変わります。 だから、騎士団の彼らは第一王子を愛した故に憎しみを感じました。しかし、その憎しみがすぐに愛に代わってしまうのです。 第一王子が歩くと、すべての人が幸福な思いをしました。彼は満足していました。すべて変えてやると。彼はみんなが幸福になる国を作ろうと思いました。 ふと、第一王子がお城の廊下の窓から城外に目をやると、沢山の人達がお城を取り囲んでおりました。 その民衆は第一王子の処刑を見に来た人だかりでした。好奇の目は一握りで、第一王子が王を殺したというのはなにかの間違いだ、そう思って人々が詰めかけています。 「天使よ、私をお守りください」 そう呟き、彼は第二王子がいる、王座の間の扉を開けたのです。 そこに第二王子はおりました。 そして、第一王子に涙しながら手を差し伸べたのです。 「私の愛する人よ……!」 そうです。きっとこの世で一番、第一王子を憎んでいる第二王子は、この世で一番、第一王子を愛してしまったのです。 お優しい第一王子は、束の間たじろぎましたが、第二王子が改心したと思いました。ですから、第二王子が手を差し伸べた時、それを受け止めようと両手を広げて第二王子を抱きしめようとされました。 しかし、そのまま第二王子は、第一王子を押し倒したのです。そして口づけをされました。胸の高鳴りに上擦った声で第二王子は告白するのです。 「あなたを愛しています、この世の誰よりもあなたが好きです。ああ、あなたを抱きたい、あなたを私のものにしたい、誰にも触れさせないようにして、ずっと閉じ込めて愛し合いたい」 「何を言うのか、お前は」 「愛しています、愛しているのです」 この世で一番、私があなたを。 その時、第一王子は信じられないという顔をしました。違う、とも言いました。 「私はそんな愛を望んでいない」 そう言って、玉座の間のバルコニーに飛び出しました。 そこは、王様や王子たちが民衆に顔を見せて、手を振ったり、王になることを宣言する場所です。 そこで第一王子が見たものは。 轟くような大きな歓声でした。 みんなが幸せに打ち震えて両手を第一王子に差し伸べています。 「王よ、私達の王よ!愛しています!」 私が一番愛しています! そう、数万の民が叫ぶのです。
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