♡♡♡私はラブリー♡♡♡

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僕には恋人がいる。 とっても可愛い恋人だ。 僕より少し年上だけれど、それはそれは菫のように可憐で、野薔薇のように小悪魔で、ふとした時には胡蝶蘭のように気高い恋人。 僕はもう自分ではこの人と離れることが出来ない……。 と、思っている青年がいる。 恋人が今日のデートに選んだカフェは可愛いパリ風の店だった。 「ケンちゃん?どうしたの?」 と青年の恋人が可愛らしく小首をかしげて青年を覗き見る。上目遣いで潤んだ瞳が青年をさらに夢中にさせることに青年の恋人は気が付いている。 「なんでもないよ、ハルさん。君がとっても可愛くて、仕方がないんだ……!」 「やだ、ありがと。私も君にそう言ってもらえると、とってもうれしい!うふふ、こんなに幸せな事ってあったかしら。ケンちゃん、大好き!」 と、青年の恋人がクスクス、と笑う。細身の紳士が少女のように両手を合わせて唇を隠しながら微笑む姿は本来気味の悪い物ではあるが。 このハル、こと大山田晴臣という男にそんな言葉は当てはまらない。 猫ッ毛の美しい髪、50歳という年齢に妥当な顔の皺。仕立ての良いスーツを着て黙って座っていると英国紳士だが、彼はどうしてなのだかとても可愛いのであった。 見た目ではない。 ただただ、とても可愛いのであった。 【♡♡♡私はラブリー♡♡♡】 自分が可愛い生き物なのだと大山田が気が付いたのは小学五年の時であった。顔の造形は元々愛らしいものだったが、滲み出る雰囲気という物が周りの皆を魅了した。 なぜかは解っている。母の影響だ。 母はもともと呉服問屋の大店のお嬢様で、苦労を何一つせずに生きてきたが、よくある話で、顔だけは男前の貧乏役者と駆け落ち同然に結婚し、大山田を産んだ。 お嬢様だから一般的なことが出来ない。家事、炊事、洗濯どれをとっても落第点の母が立派に子供を育てられたのは、ただ可愛い、という一点の強みだけであった。 「わたくしね、がんばってやろうとしているんだけれど……どうしてもできないの……こまってしまったわ……」 と、母は目を潤ませて困った顔を良くしていた。そうするとどこからともなく誰かが現れてその【こまったこと】というのを解決してくれたのである。 老若男女問わず、そうせざるを得ない魅力が母にはあった。ご褒美は母の笑顔だ。 「あら、あなたがやってくださったの……?ありがとうございます……。わたくしね……、あなたのことが……だあいすき、だわ!」 と言って母が微笑むだけで皆が幸福になった。おかげで貧乏長屋で育った割には割合裕福に育ったと大山田は記憶している。その母が幼い大山田の手を握ってこう言った。愛くるしい顔で、聖女の様に清らかな笑顔で耳元で囁いた。 「ねえ、晴臣さん。これは天からの授かりものなの……。私達はとっても可愛いわ。だから、忘れてはいけないわ。私達はね、みんなを幸せにしなくてはならないの。私達がお願い事をしてあげたり、困った顔をして誰かを頼りにするっていう事はね、みんなが幸せになれる事なのよ。だから晴臣さん。あなたも沢山人を幸せにしてあげなさい」 大山田だって子供の頃は男らしい性格だったのだ。弱きを守り、強気をくじく。喧嘩も率先してやったし、悪戯も随分した。 だが、愛らしいとは思っていなかったし、男が可愛いなんてとんでもない、そう思っていた。 転機が訪れたのが小学五年生である。ある時年下の子が中学生の男子三人組に絡まれていた。やめろ、と言って拳を振りかざして突っ込んでいったが、所詮小学生の体格である。ぼかん、と一発やられて転がった。それでも負けじと向かって行ったが、ぼかん、ぼかんとやられてしまう。助けて、と絡まれた下級生が泣く。畜生、と思った時である。 母の顔が浮かんだ。 それは自然と、だったのか、思わず、だったのか。今では覚えていないけれど、最初はふえぇ……と泣き真似をした事は覚えている。 足を内股にしてもじもじとし、手をお祈りのポーズにして「おにい、ちゃん」と弱弱しく声をかけると中学生達の顔が強張った。そして、「な、なんだよ」と焦ったように声を発する。大山田は母を思い出した。そして母ならどうするか、と思いながら懇願した。 「僕、僕。その子と友達なんだ……。おにいちゃんたちがその子をいぢめると僕、悲しくなっちゃうんだ……。ねえ、お願い。や・め・て?」 や・め・て?の所で中学生たちに変化が現れた。なぜか顔を赤らめて素直に下級生を解放してくれたのである。 「し、しかたねえな。今回だけだぞぉ?」 「うん、ありがとう!おにいちゃんたち、僕……だあいすき、だよ!」 そう言って微笑んだ瞬間の事を大山田はよく覚えている。 世界が薔薇色になった。 いや、大山田以外の人間の世界が薔薇色になったのだ。 その顔ときたら、まるで快楽の絶頂にいるような間抜けな顔だった。 (なぁるほど!こういう事か!) かくして大山田少年は世界を幸せにするべく、可愛さを追求することとなったのである。 大山田は大層女性にもてた。可愛い、素敵、とちやほやされた。 だがどうにもうまく行かぬことがある。それは、女性は可愛い、と言うよりも可愛い、と言ってもらうのが嬉しい生き物だったのだ。だから、付き合ったとしても、数か月で別れてしまう。 「私よりあなたの方が可愛いなんて、私……許せないの……!ごめんなさい!」 そう言って女達は去ってしまうのであった。
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