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「……え?」
「なに?しいな、知り合い?」
「ううん。知らない、と思うけど……」
「え、ちょ、ちょっと待って。会ったよね?昨日」
「……気のせいじゃないですか?」
どういうことだ?名前も合ってるし、彼女に違いないのに。意味が分からない。
「あー、私行くね!なんかワケアリっぽいし」
「え、ちょっりの!?」
「じゃね、しいな!」
りのと呼ばれた子がフェイドアウトし、残されたのは僕を知らないしいなと、状況が呑み込めない僕の二人。
「…………。」
「…………。」
「……とりあえず、移動しようか?」
「…………。」
疑いの眼差しが痛い痛い。
そんな目で見られたって僕にも何が何だかよく分からない。
二人で学校近くのカフェに入って腰掛ける。樹には申し訳ないけど授業はサボりだ。
「それで、あなた誰なんです?」
鋭く細められた視線で投げられた問い。そういえば名乗っていないなと気付いて、乾いた口を開く。
「僕は、大森晴翔。昨日の夜君に会って、声をかけられた」
「……あたしに?」
「ん、そう。初めて会うのに僕の名前を知ってて、しいなって名乗ってた」
「……そう」
……重たい。空気が重たい。アイスティーで潤しているはずの喉が際限なく乾いていく。
向かいの席に座る彼女は神妙そうな顔で何かを考えているようだけど、どう考えても今の僕怪しいよなー。あー、どうしよ。
「あたしは」
「うん?」
「その時、あたしは他に何か言ってましたか?」
そんな事を考えていると、不意に彼女の方から問いかけてきた。
でもなんか、何かが引っかかる。
「あー、その……」
「なんですか?」
「怒らないでね?君が、僕の……その、彼女だって」
「彼女……」
「あ、それから、一番最初に『覚えてる?』って聞かれたよ」
「『覚えてる』、ですか?」
「……?うん」
まただ。何かが引っかかる。
僕が彼女の名前を呼んだ時よりも、彼女だと言われたと告げた時よりも、昨日の彼女に覚えてる?と聞かれたことを話した時の方が驚きの感情が強いように見えた。それこそあり得ない事を見聞きしたような。
逆に、それ以外については、あり得る事だと思っているかのようなーー
「とりあえず、今日はこの辺にしましょう。あたしも用事がありますから」
「あー、ごめんね。急に呼び止めて」
「いえ。……連絡先だけ交換しても?」
「ん、いいよ。あと、出来れば敬語も外してもらえると助かるかな。なんか最初と印象が違くて、その、戸惑うっていうか」
「あ、そっか。……彼女って言ってたんならきっとそうだよね……。うん、わかった!」
「ん?ごめん、よく聞き取れなかった」
「何でもないよ、大森くん。いや、違うかな?えーと……」
敬語を外した途端にがらっと雰囲気が変わった彼女。一部小声でよく聞こえなかったけど、この柔らかい表情と喋り方を見ていると昨日の出会いを思い出す。
やはり昨日の彼女も、目の前の彼女も、同じなんじゃないかと思える。
だから。
「『またね、晴翔くん』」
そう言って笑う彼女に既視感を覚えるのも、懐かしさのような感傷に胸が疼くのも、きっとこの二日間にあった出来事が衝撃的すぎただけなんだろう。
ちなみにカフェの代金は僕の財布が軽すぎたため完全に割り勘で出してもらった。
男として情けなさ過ぎたけど、小さく朗らかに笑う彼女を見るとまーいっかって思える。
……また樹に負けた気がして胃の辺りがぐぐぐってなったけど。
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