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子供の頃は夏休みになると、親戚の家に行って2~3日の滞在をしたモノだ。親戚の家はまだ汲み取り式便所で、便器を覗き込むと異界に繋がる奈落の様で恐怖を覚えたものだ。ある日、小便をして便器を跨ぐ際にスリッパをこの奈落に落としてしまった。便器の中に頭を突っ込んで腕を伸ばしたが、とても届かない。更に身を乗り出した刹那、真っ逆さまに便所に落ちてしまったのだ。誰のモノともわからない糞にマミレテ必死に母を呼ぶと、母が駆け付けて来て叔父を呼び、ゴルフのクラブをロープ代わりにし、私を救出してくれたのだった。落ちる瞬間、誰かに背中を押された様な気がする。親戚の家の裏には蓮根が生えている沼があり夜になるとカエルが大合唱していた。静岡市の自宅近所には河童の棲むと云われる沼があるが、そこには蓮根で飢饉の際に周辺住民を救ったと云う婆さんの伝説がある。また、自然豊かな静岡市には野生の動物も多く、沼の近くで道路に飛び出すイタチの様に細長い小動物も見た事がある。河童の正体はカワウソだと云うが、あの小動物がカワウソで、〝河童〟だったのかもしれない。自動車のライトに浮かぶ小動物が忘れられず、(またあの動物に逢いたい…)と毎日祈っていた。だからだろうか。同じくらい蓮根の生える沼が裏にある親戚の家の二階で怪異が起きた。叔父の部屋のテレビの後ろの窓が開け放たれた晩、ボソボソと話す男の声が聞こえてくるのを、襖を挟んで隣の部屋の伯母が耳にしている。河童の正体、或いは同一の怪異としては〝川男〟と云う妖怪があるが、これは川からボソボソと話し声が聞こえて来る怪異だと云う。
川や沼の護岸工事で居場所を失ったカワウソや河童は人家に居場所を移し、一昔前は便所が彼等の縄張りだったのかもしれない。あの日私を便器に突き落としたのも河童かもしれない。
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