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止まっていたタクシーに乗り、優梨を置いて一人で家に帰った。
私は何度元彼に大切なものを奪われなきゃならないのだろう。あの人があの日来なければ優梨が変な事を考えなくて済んだ。
帰宅して布団の中でうずくまった。
時間だ。時間が心を癒してくれる。それまでただじっと何も考えず何も見ず、唱えるだけ。
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色――』
「え? お経? 何? どうしたの? え? ここ泣いてるシーンじゃない? 普通」
何度も何度も繰り返していたのでとうとう幻聴まで聞こえるようになったのかと思ったが、ゆっくりと布団をめくられ見えてきたのはやっぱり優梨だった。あまりに集中しすぎて入ってきたことに気が付かなかった。
「あはは。全然泣いてない。ちょっとショックなんだけど。あっでも目は赤い。泣いてた?」
優梨が優しい笑顔で私を見ている。
「あのさ、俺まだ鍵持ってるし、大輝さんの事好きになったとか言われて本気にするほどバカじゃないから」
この子の方が何年も付き合っていたあの人よりも私のことを分かっている。
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