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ヒーロー・イズ・カミング
「ねえ、王様……覚えてませんか?」
玉座の前にやってきた、小さな一匹の羊。彼は恐る恐ると言った様子で、王様である僕に告げたのだ。
「それとも……忘れちゃいましたか?」
「……?何の話だ」
御伽の国の住人の実年齢は、必ずしも外見と一致するとは限らない。それでも僕が見たところ、彼はまだ五つか六つくらいの年齢に見えた。真っ白なふわふわの毛、ちょこんと立った耳に、黒い目がくりっとした可愛らしい男の子。そんな子供の羊が何故、王様である僕にたった一匹で謁見しようと思ったのだろう。同時に、何故親は止めなかったのか。暴君であるつもりもなかったが、最近僕が面倒事を多く抱え込んでイライラしている、というのは住民達にも十分伝わっているはずである。
「王様……ぼくは……」
羊の少年は泣き出しそうな顔で僕を見上げると、やがて首をふるふると振って告げたのだった。
「いい、です。……また、来ます」
「…………?」
一体、彼は何がしたかったのか。何が言いたかったのか。僕はぽかんと口を開けたまま、とぼとぼと赤い絨毯を歩き去っていく小さな背中を見送ったのだった。
「何だったんだ、一体」
「……さあ」
傍に控える兵士はちらりと羊の背中を見送って、それから視線を逸らした。これは何か知っている顔だな、と僕は直感する。それでも言わないならば、彼なりの理由があるということなのだろうが。
不思議なことに、そんな奇妙な“謁見希望”は、それから数日にわたって続くことになるのだった。
最初の日は羊だった。次の日は、ハートの国のトランプ兵。ある日は亀。またある時は、猿だったり猫だったり赤ずきんの女性であったり。
彼等はただただ、自分に問いかけていくばかりである。
「王様、覚えていますか?」
と。
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