4人が本棚に入れています
本棚に追加
***
元々、僕はこの混沌とした御伽の国の住人ではなかった。別の異世界から飛ばされて来た人間である。元々は地球の日本という国の、しがないいじめられっ子の高校生だった。何もかもが嫌になって学校の屋上から飛び降りた筈が、何故か気づいたらこの世界にいたという寸法である。異世界転生というやつなのか、ただ単なる異世界転移というやつなのかはわからない。確かなのは、アニメやマンガでよくあるような都合の良いチート能力など僕には与えられなかったし、カミサマとやらが出てきて状況を説明することもしてくれなかったということだ。
そもそも、僕は元の自分に関しては“いじめられて学校の屋上から飛び降りた”くらいしか記憶が残っていなかったのである。前の世界の執着があるかというとそんなこともなく、かといって新しい世界を元気に生きていけるようなポジティブな人間でもなかった。ただぼんやりと海辺で佇んでいた時、たまたま目にしたのが小さな男の子が苛められている光景だったのである。
正義感など、何もなかった。
それでも気づいた時僕は、子供達に苛められている少年を助けに入っていたのである。いじめっこ達の、こんな言葉が聞こえてきたからだ。
『お前なんか生きてる価値ないんだよ、この不細工!化け物!』
それは、僕が前の世界で嫌というほど言われていた言葉だった。
僕は太っていたし、とても不細工だった。そのせいで学校でいつもいじめられ、仲間外れにされてきたのだ。いじめられている子供が、自分と重なってしまい、どうしても無視することができなかったのである。
助けに入って気が付いた。僕が助けたそのいじめられっこの少年の肌が赤いこと。頭に角があること。文字通り、お伽噺に出てくる“鬼”の姿にそっくりであることを。
『なんだよお前!鬼を庇うのかよデブ!』
僕は罵倒された。それでも。
『お、お、鬼はどっちだよ!』
その時の僕には、人をそんな風に否定して殴ったり蹴ったりする連中の方が、よっぽど鬼に見えたのだ。だから言った。
『ひ、人に生きてる価値なんかないなんて、バケモノだなんて簡単に言えるやつの方が、よっぽど悪い鬼じゃないか!うおおおおおおおおおお!』
威勢よく殴りかかったところで、元々運動音痴で勉強も苦手、良いところなんか一つもなかったような根暗な僕である。あっという間に返り討ちにされてボコボコにされてしまったのだが――唯一違うことは、そんな僕が一人ではなかったということだった。
いじめられていた鬼の男の子は、泣きながらボロボロになった僕の手を握ってくれた。そして。
『ありがとう……ありがとう、ありがとう、ありがとう。鬼のオイラに優しくしてくれた人間は、あんたが初めてだ……!』
僕も、気づけば泣いていた。
前の世界のことなど中途半端にしか覚えていないけれど、これだけは確かなことだったからである。
僕にとっても初めてだったのだ、生きていてこんな風に、心から誰かに感謝されたのは。
最初のコメントを投稿しよう!