ヒーロー・イズ・カミング

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 ***  此処が、僕が元いた世界では“お伽噺”と呼ばれていたものに近い世界観の国であることに、僕は段々と気づいていった。僕が最初に助けた鬼の男の子は、自分の出身地を鬼が島だと言った。自分達のように見た目が怖くて“鬼だ”と蔑まれた者達が、あらぬ罪を着せられて流刑に処され、その流された先が岩ばかりでほとんど植物の育たない“鬼が島”だったのだという。鬼が島は資源が殆どなく、島だけで自活するのは非常に困難なのだという。本土の人に食べ物を売って貰おうとしても、彼等はみんな自分達が醜い存在だからと逃げ出すばかり、酷いと石を投げてくる始末。  仕方なく、時々船を出しては略奪を繰り返しているという。それでますます鬼たちが嫌われる、という悪循環が繰り返されているのだった。  僕は焦った。もし僕が知っている“桃太郎”の物語通りならば、このままでは鬼が島に桃太郎が来て、鬼たちは皆殺しにされてしまう。彼等にも彼等の事情がある、生きるために仕方なく略奪行為を繰り返しているに過ぎない。 『ぼ、僕!桃太郎を説得するよ!』  僕は人間とはいえ、イケメンでもないし頭もよくない。人々の信頼も何もない。  でも、桃太郎の言葉なら、みんなが信じてくれるかもしれない。僕は鬼たちに言った。千人の漁港の人々を説得することはできなくても、桃太郎一人を説得することならできるかもしれない、と。  僕は、既に漁港に到着していた桃太郎のところまで行って、何度も何度も繰り返し頭を下げた。最初は“鬼は人々を苦しめる悪い奴らに違いない”と思い込んでいた彼も、次第に僕の話を聴いてくれるようになった。ああ、こんな風に誰かのために一生懸命になったことも、きっと生まれて初めてのことだっただろう。  僕の説得をうけて、桃太郎が漁港の人々に話をしてくれた。彼の尽力もあって、最終的に鬼と人々は和解。鬼が島に追いやられていた鬼たちは漁村に住むことを許されるようになり、略奪行為をすることもなくなっていったという。 『世間では桃太郎が英雄ってことになっているけれど、オイラにとっては違う。オイラにとっての英雄はあんただ』  鬼の少年は、繰り返し僕にお礼を言った。  誰かの為に、何かをしようとすること。そして、その結果誰かの笑顔を見ることが、こんなに嬉しいことだななんて知らなかった。僕は苛められ続けて卑屈になり、いつも誰かを恨んでばかり、心のどこかで悲劇の主人公に酔いしれてばかりいたような気がするから。  僕に、新しい目標ができた瞬間だった。  この世界で、僕は僕にしかできないことを探そうと。僕は、みんなにとってのヒーローになろうと。  僕がそう告げると、鬼の少年は泣きながら笑ってくれたのだ。 『ああ、そうとも!なってくれ、みんなのヒーローに!アンタなら、きっとできるさ!』  彼は、自分の名前も憶えていなかった僕に、新しい名前をくれた。  ヒーローという言葉を縮めて、ヒロ。  僕はその日、ヒロとして新しい命を始めたのである。
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