ヒーロー・イズ・カミング

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 ***  現代の日本と比べて明るくほのぼのしているかと思いきや。御伽の国も、現代日本と変わらず問題だらけだった。誰も彼も自分のことで精いっぱいで、誰かのことを思いやる心や客観的に真実を見る目を失っていたからだ。  勿論、僕だってそんな風に多角的にものを見る目があるというわけじゃない。ただ、多くの物語を“外側”から見てきた部外者の僕だからこそ、なんとなく気づいていることもあったというだけである。  七匹の小山羊を襲った罪で私刑に処されようとしていた狼を助け、“肉しか食べることのできない狼の事情”を草食動物達に説明。情状酌量の余地は十分にあるはずだし、お腹を切って石を詰めるような“私刑”は行き過ぎている、村からの追放で留めるようにと間に立って説得した。  魔女を殺そうとしていたヘンゼルとグレーテルを間一髪で止めに入ることにも成功した。そもそも彼等がお菓子の家を勝手に食べたのだからそれは弁償するべきことであるし、太らせるためという名目だったとはいえ飢えていた少年少女を一定期間養ってくれたのもまた事実である。身勝手な理由で子供達を捨てようとした両親を法で罰することから始め、魔女は子供達を喰わないかわりに彼等を彼女の元で労働させるということで折り合いをつけた。孤独な魔女は子供達と暮らすことで安らぎを得て、子供達は魔女の元で生きる術を身に着けていく。全員が勝者ではないものの、彼等も彼等なりに幸せを見つけることができたように思う。  舌切り雀もまた、おじいさんとおばあさんにきちんと話し合いをさせる場を設けることで解決した。あの一件は、そもそもおばあさんが雀を“害獣”と認識していたこと、貴重な糊を食べられた怒りそのものは正当なものであったことなどをおじいさんが全く理解していなかったことにも問題がある。雀の舌を切らせる前に解決したので、後の“つづらの一件”も発生せず、おばあさんがオバケに喰われる心配もなくなったのだった。雀のことを理解するようになったおばあさんは、可愛がるまではいかないものの、雀ともほどほどの距離をとりながらおじいさんと一緒に仲良く暮らしている。  多くの物語を、自分は崩壊させているのかもしれない。けれど、苦しむ人が一人でも少なくなるなら、そして誰かが助かるならと僕は奔走し続けたのだ。 『ありがとうヒロ!』 『ありがとう、私、おかげで人殺しにならずに済んだわ』 『感謝してるよ、ヒロ』 『こういう結末も、悪くないかもしれないねえ……』  何が正義で何が悪か、なんて誰にもわからない。  ただ、誰かにとっては正義であっても、誰かにとっては悪以外の何物でもないなんてこともある。片方側からだけしか物事を見なければ、真実なんてものは簡単に歪んでしまうことになるだろう。  かつての世界ではきっと、僕がみんなの悪役だった。僕にとって彼等が悪役以外の何者でもなかったように。歪んだ正義は時に、どんな悪鬼よりも人を傷つけ、誰もを不幸にする結果を招くのだろう。 『あなたのおかげで、私は罪に手を染めないで済んだ。狼もまた、生きるために必死だっただけなのにね……』  七匹の子山羊の母親は、そう言って僕の手を握った。 『あなたに、この国の王様になってほしいの。……あなたなら、きっとそれができる。この世界の住人達を、一人でも多く幸せにすることが』  その傍らには。一番末の、小さな弟がちょこんと寄り添っていたのだ。
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