唐揚げ弁当

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スタンドに入ると青空の青が薄れる位の日射しが照りつけている。 「早由利、腕、腕!」 言われるがままに腕を差し出すと、お日様マークの付いたチューブから白いクリームを出し、私の腕に這わせた。それを腕に刷り込み、海の景色が浮かぶ香りを嗅いで、演奏に入る。 いつもの演奏曲。楽譜なんて見なくても吹ける。蒼真を見ながら吹いていると「最後の試合」と言った蒼真の顔を思い出し、今までの事が甦って来る。 幼稚園の送り迎えの時、喧嘩をしながら、一緒に遊びながら帰っていた。人見知りで友達が出来ない私の隣にいつも一緒にいてくれた。小学5年の時お婆ちゃんが亡くなった。両親は忙しく、お婆ちゃんとの別れの悲しみに一人泣いていた時も隣にいてくれた。その時話した事。 「私、看護師になる。皆の大切な人の為に働く。そして……」 そして……。えっ、まさか……。 あの時の言葉を思い出した。 動揺した私は吹く事が出来ない。眞子が肘でつつき演奏を促している。慌てて演奏に戻り、目を熱くしながら必死にフルートを吹いた。 試合は敗れてしまった。 負けても午後の試合のボール係をしなければならないサッカー部はスタンドの隣の公園でお弁当を食べていた。 私達は楽器を積み込む為にその公園の横を行き来している。 蒼真が見えた。立ち止まって見ていると、お母さんの唐揚げを口にいれ胡座をかいた膝に右肘を付きお箸を持ったままおでこに当てて下を向き唐揚げをゆっくりと噛み締めている。飲み込んで上げた顔の目は真っ赤になっている。 それに気付いた眞子が、 「八木蒼真、敗戦を悔しんでます!ってか」 と言って通り過ぎて行った。 違う、私にはわかっている。お母さんの唐揚げが蒼真にとってどんな物かと言う事を……。 蒼真は私に気付きお弁当を持ち上げ笑ってる。私は目立たない様にピースサインを送った。
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