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黒塗りの車から少女が一人降りてくる。
少女がドアを閉めるや否や、1秒でもここにはいられないと言わんばかりの勢いで車は少女を置き去りにして走り去った。
少女は特に気にする様子もなく、小さな両足で歩き出す。
向かうのは私たちと同じ幼稚園のようだ。
私は娘の手を握り、少女に話しかけた。
「おはよう。いい天気ね」
「……」
少女はゆっくりとこちらを振り返る。
その顔に私は思わず足を止めた。
3歳かそこらの少女の顔は、表情というものを知らないのかと言いたくなるほどのっぺりとしている。
友達と会って遊べる楽しさも、親としばし離される寂しさも何も感じていないらしい。
怪我などは見当たらないが、この子の親はちゃんとこの子の面倒を見ているのだろうか、と思わずにはいられなかった。
少女は私を頭の先から足の先まで、ついでに娘も見てから小さな声で挨拶を返した。
その声に引き戻された私は慌てて少女との会話に意識を戻す。
「お母さんお仕事忙しいのかな?」
「………」
「…ええと、」
「おそらくは」
端的な、それでいて余りにも子供らしくない返答にやはりこの子の家庭環境が心配になる。
娘が心配そうに私と少女を見比べている。
私は膝を折って少女の前にかがみ込んだ。
「…お母さんに酷いことされてない?」
「………」
「無視されたりとか叩かれたりとか」
「あなたがははのなにをしっているのかはしりませんが、」
少女は私の言葉を遮った。
相変わらず表情にも声のトーンにも抑揚は感じないが、私に喋らせたくないらしい。
「はははなにごともかんぺきです。あなたのようにふくのうらおもてをまちがえてきることなどありません」
「えうっ?!」
私は慌てて着ている服を見下ろす。
アウターの下を捲ると、慌てて着てきた薄手のインナーのタグが外側に顔を出していた。
私は急いで見えない場所にインナーのタグを引っ込めて手で押さえた。
そっと少女の方を見ると、少女はやはり感情の読めない目でずっとこちらを見ている。
恥ずかしくなって目を背けると、少女の手が私の腕をつついた。
それからつついた後の指をじっと眺めている。
「…?」
「はははかんぺきです。あなたとちがってなにごとにもまちがいはありません。はははわたしのほこりです。……でも、」
「?」
「やわらかいのはずるいです」
「…?」
それだけ言うと少女は踵を返して幼稚園へと走っていった。
それに倣うように娘が私の手を引っ張る。
娘の柔らかい手を握り返しながら、私は幼稚園へと歩みを進めた。
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