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セントラル陥落ーーか?
同盟国である中央国家セントラルからのエマージェンシーコールを受け、旧南の大陸、現南方国家サウス・フォートの国王、混世魔王、ホントのところ魔王が、リアルタイムで現状を確認出来るモニターを立ち上げると、
そこには恐怖しかなかった。
静かに歩く、学園国家アカデミー王妃の前に集合する銃騎兵の群。
閃光が走り、王宮の壁が切り裂かれ、余波で吹っ飛ばされた銃騎兵の姿があった。
「この光景はあれだな。十傑衆に総攻撃をかけられた梁山泊か香港支部か。まんま衝撃のあれだな。これ!耳を齧るな勇者の娘!母親に会いに行かんでいいのか?!」
1歳になる勇者の娘、クリステラ・エルネストは、やや興奮した面持ちで魔王の耳に噛みついていた。
1歳になったこの赤ん坊は、突如降ってきて耳をガシガシし始めたのだった。
どうやってここに来たのだお前は?!齧るなああああああ!ト!お母さあああああん!
転移魔法を使ったのは解ったが、問題が1つあって、転移魔法は解り易く言うとルーラと同じだった。
把握していない地点へは飛べないことになっていた。
魔王は、己が知性を総動員して、得た結論に言葉を失った。
目視可能な地点なら飛べる。
例えば上空数百メートルとか。
要するにこの赤ん坊は、魔王の匂いを追って、転移魔法を繰り返して目視可能な距離を転移し続けたのだった。
アカデミーからサウス・フォートまでは、ちょうどアジアのユーラシア大陸からオーストラリアに近い距離だった。
要するに、燃費の悪い転移魔法を駆使し、自由落下と転移を延々繰り返してここまで来た赤ん坊に、魔王は心の底からゾワっと来ていた。
航空機の軌道で飛べば数百キロの地点も転移可能なのは解るが、1歳の赤ん坊に漲る魔力は、既に神に近い。
とりあえずミルクを飲ませて眠った赤ん坊に目を配りながら勇者に電話した。
「おう。どうした魔王。今ちょっと手が離せない」
電話口の向こうからヒンヒン言っていたのは、例の不思議の島の縦ロールだったっぽかった。
それ以来、クリステラは母親のおっぱいと魔王の耳を求めて大陸間を往復するようになったのだった。
それはともかくこの馬鹿馬鹿しい状況は何だ。
うちの執政官のフォートゲルトに届いたセントラルからの密書によれば、アカデミーとセントラルの両軍が激突し、世界大戦に発展する可能性が示されていた。
「どうするのだ?嫁と愛人が勇者を挟んでみっともなく戦っている未来しか見えんが。勇者を挟んでいがみ合い。猫を斬る南泉もおらず草履を頭に乗せる趙州すらおらんと言うのに」
魔王が示した話題は南泉斬猫だった。
坊主がニャンコを斬って、弟子が草履を頭に乗せるという、カオスにも程がある法話だった。
それでだな、一魔。南泉が猫を斬った時、趙州がその場にいれば、猫を斬らずに済んだのにニャーと嘆いたそうだ。というオチがついていた。
クソ馬鹿馬鹿しい話をしたおっぱい魔神が身近にいたという話だった。
その時、魔王は、そいつの頭に斬り倒した柏の木が当たれと本気で思ったのだった。
「国家元首なららしくしたらいいのだ。愚か者共め。お前はどうするのだ?」
何とはなしにクリステラに聞いてみた。
「だあぶう。マウマウ(マリルカのことか)ぺい!ガルル」
娘は殺る気っぽかった。
つまるところこの危機は背後に女同志の醜い諍いがあるのは明らかで、こやつは赤ん坊の癖にここまで背景を認識しているようだが。
女王が殺る気なら殺ってやると言うつもりか。
と言うより勇者はホントに何をしているのだ。
まあいいさ!殺り合えば最後に笑うのはうちだからな!
おっと危ない。前にそれやって副官だった奴隷娘にオセロの用意させて待ってたら、来たのはインチキ勇者と原初のひまわりだった。
勇者の行動を把握しよう。あやつは馬鹿だがやはり勇者なのだから。
そう言えば、あいつこの前八王子に行っていたらしい。
まさか、この世界がアースワン。地球のコピーだとはな。
そこでまさかジャスティス・リーグのような、訳の解らん連中と共闘するとはな。
吸血鬼、探偵、出鱈目な人間達の中に、1人物凄い存在感があった男の話があった。
凄え奴だぞ。向こうのタルカスみたいなおっさんで、刑事?って言ってた。俺が異世界から来たのに全然平然としててな。それで結局?犯人を始末したのはゴーマだったんだ。正確には蛇っぽい部下の巨乳。
胃の腑がひっくり返り、血の気が引いていったのを感じていた。
刑事をやっているのは知っているし、あいつ新米刑事の癖に俺のマンションに上がり込むしおっぱいおっぱい言ってたよ。まあ部下におっぱいを連れている辺り順当ではあるが。
やっぱいたあああああああああ!異母兄ちゃん!
勇者の話を聞いて、つい叫び出しそうになった。
魔王、本名新井田一魔の異母兄、勘解由小路降魔がいた。
何なの?俺が魔王やってれば異母兄ちゃんはオカルト刑事?
おっぱいおっぱいうるせえよ!俺はおっぱいが大っ嫌いだ!母親思い出すから!
俺のお母さんはトキだけだってえの!
まあ所詮出鱈目でも刑事でしかないあいつが、今回の件に絡むはずがないしな。
あいつが逆にこっちに来たらどうしよう?三芝優子の件もあるし。
やっぱ月か。月を開発して引きこもろう。
「今回の馬鹿馬鹿しい騒動に私は立ち入らん。執政官にはそう伝える。ところで、私は連合が開発していた月面開拓にいよいよ取りかかろうと思うのだ。そこで私はたった1人だけで思索に耽るのだ。貴様はどうする?勇者の娘よ」
「まおおおおおう。ぺい」
「強目に顔を叩くな!そうか!ならば貴様の部屋も作ろう!転移を使えば往復も容易だ!一瞬で勇者の嫁に会えるぞ」
「まおおおおおおおう!まおおおおおおおう!」
空を指差す恐ろしい1歳児がいたという。
「ならば行かん!異母兄ちゃんのいない場所を作りに!月は俺のもんだああああああ!」
こうして魔王は消えた。
実際、魔王が異母兄と顔を合わせるのは、これから14年後のことになる。
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