犬の孤独な戦い始まる

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動くな! 廊下をドシドシ歩く犬を止めたのは、たまたま居合わせた近衛銃騎兵だった。 「お前は?」 シリルを連れて歩いていたジョナサンは、近衛に誰何した。 「近衛銃騎兵2番隊隊長、アリーシャ・シェラザードでございます。アカデミーのヤーー王陛下にお伝えします。お部屋にお戻りください」 「今ヤリチンって言おうとしなかった?まあいいやどけよアリーシャ。俺は家に帰るんだ」 「女王陛下はここにいよと仰っております。たがわば撃ってよしと。世界の救い主である王陛下を撃ちたくはありません。どうか、お部屋にお戻りを」 「やかましい。もう俺はミラージュの馬鹿の言うことに従う気はない。どけアリーシャ。お前の褐色おっぱい鷲掴みにして尻蹴り飛ばすぞ」 「どうぞお好きに揉まれませ。しかし、我々に従っていただきたいのです。更に、そこにいらっしゃるファルコーニ様は?何故陛下と?まさか。ああなるほど。このことは(わたくし)の胸に留めておきます」 「誰が俺がこいつと浮気したボケええええええええ!ああもういいや!お前等動くなああああああ!動くと刺すぞう!」 シリルを抱き寄せ喉元に鋭利なものを突きつけた。 ハッとなったがすぐに状況を察してシリルは声を上げた。 「あーれー!ヤリチン陛下が私にガラスの破片をおおおおお?!」 「陛下!乱心なされますか?!」 「隊長!エロ犬の暴走です!」 「ジェイドさんを呼べ!変態犬がカマと刃傷沙汰に!犬は犬係じゃないと!」 「誰がカマとエロ犬だボケえええええええ!いや、それはそうだが言わせんなそう言うのは!」 ジョナサンはジェンダー問題に敏感だった。 こいつがどんなにいい女でも、クレアの弟なのは間違いない。 「両手を挙げて銃を寄越せ!アサルトライフルなんか要るか!バックアップを寄越せ!その38口径だよ!」 床を滑らせて寄越されたのは、丁度掌サイズのオートマチックだった。 ジョナサンは知る由もないが、かつての経済協力連合の総帥、アトレイユ・エリュシダールが護身用に持っていた銃と同モデルの銃で、連合が滅んだ後、連合のテクノロジーを接収したミラージュが選んだのがこのモデルだった。 意外に取り回しいいな。ジョナサンは唸って銃口をアリーシャに向けた。 「制服のスカートをまくれ!いやそう言うんじゃなくて!太腿に隠してたオートマチックを寄越せ!お前の体からガンオイルの匂いがしてたの解ってるんだ!こいつを撃つぞいいのか?!」 どこまでも卑劣なエロ犬の姿があった。 臍を噛んでアリーシャは、スカートを捲り上げた。 アリーシャの褐色肌と、面積の小さいパンツが見えていた。 「投げナイフは床に置け!って言うかお前どんだけ武器隠してんの?!一丁だけでいいんだよ!足首の銃も要らん!全部置いてけ!」 「こーーこの変態め。私のパンツを目の当たりにしてその態度は。私の郷里では、パンツを見た相手は何としても結婚し子供を作るしきたりが。嫌なら殺すしかないと言うのに」 アドレナリンと濃密なニャン臭がした。 「いきなり発情してんじゃねえよお前はああああああああ!!ああ鬱陶しいお前等全員失せろおおおおおおお!」 ジョナサンはシリルを抱えて走り去った。 戒厳令下のメゲレ区を、銃弾が飛び交っていた。 「思えばもう何年も前から、女王陛下はあの女と関わっていました。王女であった頃からと思われます。私が閨房補佐役になった時、既にあの女は閨房指南になっていました。あの女は、ディーテ・オリンポスと言う女で、あの女に陛下は手ほどきを受けていらっしゃるようです。されど、女王陛下は下々が気楽に触れられる方ではございません。それで、下役の私が、閨房補佐役の私が、あの女にーー」 「まあ大体解ったよ。そうか。あの馬鹿が妙に床上手な理由が解った。ミラージュに竿役宛がう訳にいかんので代わりの人材が必要だったんだな?ーーって、お前的にはどうなの?クレアだったらよかったのにな」 クレアは連続レイプ殺人鬼だった。 ディーテとか言う女はいい女だろうことは疑う余地はない。 「確かに、ディーテは、私が触れることがなかった様々な場所を巧みに。いつも気付くと、ディーテ相手に夢中で腰を振っておりました。私は女でもありますが、生物的には男性です。そのバランスを自由に操る恐ろしい女です。私のおっぱいは、もうあの女のものになっております」 クレアの方が一回り大きかったな。 シリルはどちらかと言うと極上のヅカ系美人だもんな。 「なあ、一つ問題だ」 頭上を飛ぶライフル弾をひょいとかわしてジョナサンは言った。 「そのディーテが、ミラージュを操ってるのか?正直な感想を聞かせてくれ。ディーテ・オリンポスって女は、そう言う、好戦的な一面があるのか?」 「はい陛下。そうではありません。あの女は美と言うものを体現している女です。故に愛など不要と。色と美の女ですディーテは」 うん。ジョナサンは安心して言った。 「よかった。そいつが煽ってると思ったが。うちの不肖の馬鹿達が角突き合わせてんのか。だったら簡単だ。サンチャまで行ければ俺の勝ちだしな」 「恐れながら、簡単ですか?2国間の全面戦争が始まり、やがて世界全土で広がるとクロムウェル首相が呻いておられましたが」 「そりゃあそうなんだがな。結局は女の焼きもちが原因で起きた騒動だしな。お前の件も含めて解決しちまおう。最悪アカデミーに来い。フラさんの閨房補佐官にしてやるよ」 「ありがとうございます。ですが、出来れば離れがたくあります。セントラルには実家もありますし」 「とりあえず腹くくれ。じゃあーーサンチャまで走る!俺についてこい!俺が育った道だ!メゲレ区育ちにお前等がついて来れるか!」 シリルの手を引っ張って、ジョナサンは走った。 制圧しようと前進していた銃兵のアサルトライフルを、恐るべし精密性で二丁拳銃は捉え、衝撃で呻く兵達は(うずくま)っていた。 「連中から奪ったマガジンもたくさんある!弾切れの心配はない!ああうるさい!」 身を捩って天を向いたジョナサンの弾丸は、強化魔法の青い残光を引いて、狙撃者3人のスコープを連続で撃ち抜き、衝撃で昏倒させた。 足手まといを一人連れていても、構わず兵達を無力化していく、恐ろしい達人の姿があった。 隘路のようなメゲレ区の裏路地を駆け抜け、ナイフを装備した強化コマンド兵を薙ぎ倒し、ジョナサンは進んでいく。 凄い。これが救星の英雄王の実力。 これほど強い男に守られている。 シリルの内側に、熱いものが流れ込んでいった。 「ごめんなシリル。男か女かって言うとお前は立派な女だが、お前とどうにかなろうって気はない」 「ですが念の為一つだけ申し上げます。私は変装魔法(マスカレード)を完全にマスターし、今はほぼパーフェクトに女になっております。お試しになられますか?(わたくし)の疑似子宮にたっぷりと」 「お試すものかボケえええええええ!いや!男女間系にそう言うのがあってもいいかもしれない!ただ俺は無関係でお願いします!」 路地を抜け、城門前に到達した。 「使い魔召喚!頼むぞパピーロック!乗れシリル!」 複座の座席が取り付けられた鳥の背に乗り飛翔したが、そこでパピーロックは硬直して墜落した。 「陛下?!」 「多重展開した移動阻害魔法だ。こいつは」 とりあえずパピーロックが生きていることにホッとしていると、極めて傲岸な声が発せられた。 「うちの秘奥ッ子たらし込むとはいい度胸ねダーリン。ああ、シリルをカマ呼ばわりした馬鹿は罷免した。今は付いてないんでしょう?ダーリン試した?」 「試さねえよ馬鹿。俺の愛人は決まってんだ。やっぱりここで張ってたんだな」 俺の愛人は、傲岸に腕を組んで立っていた。 「当然でしょう?何人近衛がいたってダーリンには敵わない。迂回(ラウンド・アバウト)したって最後は城壁越えるんだから。最初から飛んできゃあよかったのよ」 「そうすりゃああれだろ?エメルダの空軍対策やるだろう?対空防御で蜂の巣になってた」 「そりゃあ今もおんなじよ。狙え。逃げたら撃て」 ジョナサンの前には面を制圧した兵達が、銃口を向けていた。 流石に避けようがない。転移魔法でもないと。 「結局ダーリンは最強の対人兵器よ。人間だけを殺せる男だもん。これはかわせないでしょう?家に帰れダーリン。あんたは私のものよ」 「いや。まあお前は可愛い愛人なのは間違いないが。ってお前、それ、どう考えてもウエディングドレスだよな?」 「そろそろ逃げ出す頃だと思ってたのよ。公務って言ってたのはドレスの仮合わせよ。はん。ユーリを囮にしてアルテミシアがピックアップなんて解り易いのよ。出てきなさい!全部バレてるのよ!」 縛り上げられたユーリが引っ立てられていた。 「女王陛下に申し上げます。王妃殿下は陛下の振る舞いに怒り心頭です。どうか」 アルテミシアは現れて頭を下げた。 「はん。フランチェスカが?私に敵う訳ないでしょ?マリウス!」 「女王陛下万歳!不肖の娘よ!父に刃を向けるか?!このマリ」 「マリウスに勝てるかこのションベン垂れ共が!ダーリンは誰にも渡さない!このままアカデミー国防軍を壊乱させ!ダーリンと結婚式を挙げるのよ!」 最早品性をかなぐり捨てたかつての妾の、壮絶に見苦しい振る舞いがあった。 あとやっぱりマリウスの口上は最後まで言えなかった。 最早お約束になっていた。 「いや、待て。ちょっと落ち着けミラージュ」 「落ち着けるかボケがああああああああ!ああ好きよダーリン絶対チュンサンコイサンナムサン生んだるからなああああああああ!ヤリチン犬は私のニャンニャンちゃんペロペロしとけえええええええ!あんたにはそれがお似合いよ!あ、垂れてきちゃっただろうがああああああ!お代わりだダーリン!搾り取ってやるからなあああああああ!誰が妾だだからああああああああああ!簀巻きのリベンジ決めたるわああああああ!」 ああそうだ。思えばずっとこいつアンタッチャブル妾だったよ。 「い、いやまあ気持ちは解るが。フラさんは俺の奥さんだしなあ。なあミラージュ。ちゃんと帰ってくるから一旦解放しろ俺を」 「ああ?あんた政治全く理解しないボンクラだし。じゃあ代わりに一人置いてけ。セリヌンだ」 何がセリヌンだ。 交換条件で、確実に履行する為の手形を置いていくことをセリヌンと呼ぶのは魔王が始めたことだった。 何度でも言うよ何だセリヌンて。 「じゃあタルカス持ってけ。シリルはシリルで真剣にお前を、国を思って俺の逃亡に手を貸した。許してやれよ。ユーリも」 「最初からシリルが転ぶのは解ってたのよ。そんなにディーテ相手に腰振るのがやだったの?もうさせないからさ。戻ってきなさい」 「王陛下」 「うん。行けシリル。ミラージュを頼む」 戸惑いながら、シリルは離れていった。 「で?タルカスの奴を差し出してフランチェスカとイチャイチャ?あんた本気?」 「そうじゃねえよ。お前、一人忘れてないか?」 そうです!アルテミシアが声を上げた。 「姉様が!今お産で苦しんでいらっしゃいます!マスターがいればきっと!」 ミラージュの頬が引きつったのが解った。 「頼むよミラージュ。ユノのお産に立ち合わなけりゃ死ぬだろうが俺が。イースト・ファーム相手に喧嘩出来んだろうが」 ミラージュの思考回路に、妙なバグが侵入したのが解った。 アースツーに蔓延る根絶不可能なバグがイースト・ファームだった。 多分サゲンタ一人に滅ぼされるだろう。 そうならないように、ミラージュは色々手を考えていたのだろうが、 ユノは別だった。 ぶっちぎりの最強人類。イシノモリ・ユノを雑に扱えば世界が滅ぶ。 「ああ面倒ね。ユノは友達だし無下には出来ないわね。ああそれから、兵達は全員サラトガスーツ着せてあるわよ。この期に及んで状況ひっくり返せる訳ないでしょうが。あんたは必ず私のところに帰ってくるのよ!」 鬱陶しそうに蝶を払って言った。 あー駄目か。催眠蝶(ザント・モルフォ)の群で埋め尽くし、グースカ眠ったミラージュを確保で終わらそうと思ったのに。 ん?この匂いは。 ジョナサンは広域に催眠蝶の鱗粉を撒き散らした。 「きちんと帰ってくるから待ってろ。ちゃんと話を付ける!覚悟しろ!ママになるのは凄く大変だぞー?!」 妙にイラついてミラージュは言った。 「まだ出来てないでしょうが。ママ?!ちゃんと私を妊娠させてから言え!この状況からどうやって脱出する気だ?!」 ん?こうする。 突如転移魔法で現れた縦ロールママをお姫様抱っこした。 「はあ。マリルカ。ちょっとワガママが過ぎましてよ?相互平等条約違反ですわ」 「まあそんな訳だ。またな?ミラージュ」 撃て!そう命じる前に、ジョナサンの姿は消え去った。 「ちっ。アリエールね。サラトガスーツの在庫が足らなかった。転移阻害の仕掛けを維持してた宮廷魔法士を医務室に放り込みなさい。一人だけでも着せて死ぬ気で維持させるべきだったわ」 ダーリン一人を確保するのに必要だった兵員数は一個大隊に相当した。 まあ解ってんのよ私は。 王宮に戻るピックアップトラックに乗り込みながら、ミラージュは一人考えた。 最初から解ってたのよ。ダーリン一人を手に入れるのは、世界を手にするより難しいってのは。 あの状況で平然としてたダーリン。ホントに怖いわ。 状況が実戦とほぼ同義になり、私が直接ダーリンと相対していた。 ダーリンの声が穏やかだった理由は一つ。 本気で私がダーリンを撃とうとしたら、きっと私が殺されていた。 世界最高の暗殺者に、銃を向けてしまった。 伊達や酔狂では済まない。 多分、ダーリンは冷えていったのだ。 ミラージュだけが知っていた。 私はさっき、確かに死線を越えかけた。 本気で怒ったダーリン、いや先生は、容易く私をーー。 殺すのだろう。 それでも、我ながら因果な女ね私は。 恋愛に命を懸けると前に言ったわよ私は。 絶対に退かないから。 ミラージュの全身に、滝のような汗が流れていた。
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