おかえりを探す箱の中で

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 保育園の様子は一言で表現するならパニック状態だった。園児が保育士が悲鳴を上げながら右往左往している。その中でポツンと一人座っていたのがイズミだ。  イズミは大画面に映し出された映像を見ていた。俺が映っている。人がぐるぐると駆け回っている中で何もできずに間抜けに暗闇を眺めている俺が映っている。俺とイズミの目がテレビ越しに合わさった。 「パパ……?」 「……ああ。やることはわかってる」  イズミは押し黙ったまま首を激しく横に振った。 「違うよ。違う。パパは、まだわかってないよ」 「わかっているよ。この世界が教えてくれた。イズミの嫌いなもの、嫌いなこと、ほしいもの。俺に……パパに、何をしてほしいのか」  それは守ることだ。イズミをあらゆる怪物から守ること。母親を失ったイズミを支えるのは俺の仕事。父親として、ヒーローとして、俺はイズミを全力で守らなければならない。 「行こう。イズミ。俺が守るから」  手を差し伸べる。あのとき握ることのできなかった手を今度こそ。  しかしイズミの小さな手は、俺の手を振り払ってしまった。 「……えっ?」 「だからわかってない。パパは、私のこと何もわかってくれてないんだ!」  なっ。どういうことだ。俺はヒーローだろ? イズミを助けるためのヒーローじゃないのか?  そのとき。勢いよく家に続く扉が開いた。中から出てきたのは、母親だ。 「イズミ逃げて!! もう持たない! 水が、水がせり上がって来てる!」  開け放たれたエレベーターの中に見る見るうちに水が溜まっていく。押し留めていたものが吐き出されるように水は溢れ、全てを呑み込まんとばかりに膨張していく。 「イズミ、逃げーー」  母親が波に呑み込まれていく。啞然とその光景を見ていることしかできなかった俺も、イズミとともにその中に呑まれてしまった。  たぶん。これが秘密だ。イズミの部屋のさらにその中で水は生まれ、日に日に大きくなっていった。どうしようもなかったのだろう。対処することは不可能なんだ。  これは、イズミの意識の外に置いた水。意思とは別の思い、感情。決して表現することのできない行き場のない制御不能の激流だ。  足が絡め取られ、上手く動かない。それでも目はしっかりと見開いて苦しそうにもがいているイズミを捉えていた。  安全だと思っていた。ドームの外の怪物さえ倒せば。それがイズミの望みだとそう思っていた。違うだろ、そうじゃないだろ。 『今日はね、人形で遊んだの。砂場に怪物を埋めて、私がねやっつけるんだよ』  イズミだって戦いたいんだ。イズミが求めているのは守るだけのヒーローじゃない。一緒に戦ってくれるヒーローだ。  くそっ。やっぱり俺は、父親失格だ。  思い切り潜り、腕を伸ばす。つかんでくれ、イズミ。今度こそ。今度こそしっかりとその手を握るから。  イズミの目が見開く。久しぶりだ。目と目を合わせるのは。行こう、イズミ。一緒に行こう。  手が触れた。小さな小さな手だ。震えるその手はとても言葉では言い表せないくらい温かかった。
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