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 毛布にくるまれた三人の遭難者たちが、救助隊員に付き添われて、徳永の横を通り過ぎていった。 「寒くないですか。もう大丈夫ですからね。あとはゆっくり休みましょう」  救助隊員が大きな声で励ましているが、遭難者たちはよほど疲弊しているのか誰も反応をしめさない。みな一様に蒼白な顔色をしており、無事に助かったことを喜んでいるようには見えなかった。  操舵士の田辺が遭難者たちの後ろ姿を目で追いながら口をひらいた。 「まるで魂を抜かれちまったみたいですね。噂は本当なんでしょうか」 「噂とは?」  徳永は苛立ちを覚えながら聞き返した。 「K2-18族がヒトの大脳辺縁系を操作してるって噂ですよ。操作されると喜怒哀楽の感情が無くなってしまうそうです」  田辺はまわりを警戒しているのか、ひどく小さい声で答えた。 「アレのことか。上の連中がマントルノイド化計画とか言ってるヤツだな。海底鉱山専用の水棲人間に改造するための試金石プラン。ゆくゆくは、1500度の火山溶岩の中でも耐えられる人間も作ってもらうらしいぞ。暑いとか寒いとか、辛いとか、苦しいとか、そういった感情は邪魔になると、考えているんだよ。経営政策室のおえら方はね」 「それじゃ、会社だけがおいしい所どりで、K2-18族は損してませんかね?」 「いや、K2-18族の目的は、人間の情動観察にあるんだ。K2-18族は、人間のような感情を持たないからな。人間の喜怒哀楽は、個人の主観によって大きく違うし、無限大の広がりがある。連中にとっては、それが恰好の研究材料なんだろう」  K2-18bは、地球からしし座方向124光年の距離にある赤色矮星の公転惑星だった。アメリカ合衆国NASAの太陽系外惑星探査で発見された大気に水蒸気を含む惑星である。彼等がK2-18星人というわけではなく、その方角から来訪したという意味でネーミングされただけであって、実際の故郷は、2万光年のかなたらしかった。 「さてと。俺らも仕事に戻るか」  徳永は促した。 「そうですね」  田辺は少しだけ顔をしかめて同意した。  二人が持ち場へ戻りかけた時、またもや警報が鳴り響いた。今度は遭難救助合図でななく、エアリフト動作の異常を知らせる警報だった。  徳永と田辺は顔を見合わせて、非常用アナウンスに耳を澄ませた。 <圧縮機パイプに異常圧! リーチング用レアアース泥に異物混入、リーチング用レアアース泥に異物混入>  レアアース泥とは、レアアースを含む海底泥のことである。  海底泥の層に掘削式のパイプに圧縮空気を混ぜ、浮力を利用して船上へ引き上げるパイプに異常が発生したらしい。船上へ引き上げられたレアアース泥は、希塩酸を混合してレアアースのみを浸出(リーチング)する仕組みになっている。 <原因を確認の上、ただちに除去せよ。原因を確認の上、ただちに除去せよ> <徳永技術主任は、海底鉱山へ潜行してください。徳永技術主任は、海底鉱山へ潜行してください>  生産工程にトラブルが発生したので対処しろという意味だ。  徳永は苦笑した。 <自律型無線潜水機(AUV)緊急待機中>  コンピュータの無感情な音声が追い打ちをかける。
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