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<徳永技術主任は、有人用深海リフトで水深座標X=4628、Y=6.5、Z=2.2まで潜水し、問題を処理して下さい>
矢継ぎ早に指令が流れた。
「おいおい、堪忍してくれよ」
徳永は吐き出すようにぼやきながらも、螺旋階段を勢いよく駆け下りた。
通路の壁に取り付けられた黄色い回転灯が回り、けたたましくサイレンが鳴っている。
十基のエアリフト塔が煙突のように並んだリーチング施設の脇で、有人用の球状型深海リフトがスタンバイしていた。推進機シャフトがすでに鈍い音をたてて回転している。深度1万メートルまでの潜水が可能なエレベーターだ。このエレベーターは、リーチングエアリフトと並行する形で海底へ伸びているメンテナンス設備だった。
リーチングとは、海底鉱床から引き揚げたレアアース泥に希釈塩酸を混入して、レアメタルを浸出させる技術のことである。浸出したリーチング溶液は船内のタンクに貯蔵されて、陸上の分離工場へ搬送されて精製される仕組みになっていた。
出動準備室では、深海リフトのクルーたちが装備チェックの真っ最中だった。
徳永は慣れた動作で海底作業用の代謝機能装備付きスーツに着替えると、今度は宇宙服のようなヘルメット一体型の耐圧防護服をたぐり寄せた。
「あ、技術主任、お疲れ様です」若い女性クルーが寄って来て、軽く頭を下げた。「リーチング用の圧縮パイプに不純物が検出されました」
「分かってるよ。で、不純物を取り除くんだろ。しかし、どうして自動除去装置を作動させないんだ?」
徳永はまたイライラを感じながら咬みつくように問いただした。
「それが、その・・・」
女性クルーのクラリッサ・ルイーズはひどく困惑した表情を浮かべた。空色の眸が怯えを物語っていた。
「なんだ? はっきり言えよ、クリス」
「マントルノイドの身体の一部らしきものが、パイプ内に混入してると思われるからです。自動除去を作動させると、もし生存していたらと、バラバラになってしまいます。それは重大な規則違反になります」
「そうだな」
徳永はあっさりと引き下がった。
それはそれで、とびきり厄介な事案だ。採掘工程の遅れを会社が容認しないからだった。
「主任殿、準備オーケイですか」
深海リフト操縦士の安崎の声に、徳永は思わず身を固くした。短く刈った頭に白髪が浮いた還暦過ぎのベテランは、鋭い眼光で徳永を見つめている。
「はい、オーケイです。よろしくお願いします!」
徳永は、元海上自衛隊の潜水艦戦闘指揮所に勤務していた士官に敬意を払った。
安崎は右腕を上げた。「よろしい。では出発しましょう」
深海リフトの1トンハッチが開いた。
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