プロローグ

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プロローグ

 果てしない宇宙の深淵。  その赤い恒星は、巨大な心臓のように膨張と収縮の脈動を何万回も繰り返した。  やがて限界に達すると、一気に大爆発を起こした。  恒星の大爆発は、光を捻じ曲げ、時間を崩壊させ、全てを核融合の渦に巻き込んだ。凄まじい光芒は太陽の数千個分にも相当したが、その目のくらむような光が地球に届くまで五百三十年を要するのである。  西暦1490年代のことであった。  因みに日本では足利義政が死去し、西洋ではコロンブスが西インド諸島に到達している。  同時に、その恒星付近をしていた煙霧状のは、停止した時間と歪んだ空間の隙間を滑り、跳躍し、暗黒の彼方ヘ運ばれていった・・・    西暦2021年、3月10日、深夜。  アメリカ合衆国アリゾナ州、ホプキンス第二天文台。  満天の星空に、超新星爆発の光芒は見えない。530光年の道のりをまだ終えていないのだ。  オリオン座の赤いベテルギウス、おおいぬ座の青いシリウス、そして小犬座の黄色いプロキオン。  どれもみな、冬の夜空を彩る代表的な星座と一等星である。  オリオン座の赤色巨星ベテルギウスは変光星で知られているが、その明るさがついに二等星に格下げになった。  新星爆発の兆候だと言われてから久しいが、最近になって爆発は先延ばしになったという論文が発表された。  ベテルギウスの内部ではヘリウムの核融合が始まっており、その次に控える段階がヘリウムから生成された炭素の核融合だといわれている。炭素核融合の終末期まであとかかるらしい。素晴らしい天体ショーはに延期されたのだ。    それでも・・・  少年のような淡い期待を込めて、研究員のカーク・ロビンスは大宇宙の遥か彼方を覗きこむ。観測口径40センチの望遠鏡はいつもの星の海を映しだした。ベテルギウスが爆発すれば、その明るさは満月ほどになる。夜空を見上げれば、でかい満月が東と南に見えるわけだ。  壮観な眺めを想像しただけでワクワクする。  そんなはずはないし、奇跡を期待して仕事をするわけにもいかない。  カーク・ロビンスは、ケプラー式宇宙望遠鏡の赤緯と赤経の座標を打ち込むと、ベテルギウスの光度計測にとりかかった。  ん?  彼は、光学機器から目を離し、頭を振った。  気のせいか、あるいは疲れ目かと思った。それとも今朝方まで飲んでいた酒がまだ抜けていないのか。  黒い空洞状の陰が過った。オリオン座主星の手前を何かが遮って、わずかに減光したのだ。  なんだ、ありゃ?  もう一度望遠鏡を覗きこんだ。  風船か靡く雲のような影だった。  それは黒い空間を疾駆し、針のように鋭くなりながら消え去った。  
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