1st memory あなたのことは知らないはずなのに、あなたのキスは覚えてる

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Side朝陽 妊娠していた。 それは、俺たちの想像を遥かに超えていた。 「うちの子が……まさかそんな……」 おばさんは困惑して医師に詰め寄った。 「一体どういうことなんですか!」 おばさんが医師に掴み掛かろうとしたので 「おばさん!落ち着いてください!」 と俺は宥めた。 ……もしおばさんが叫んでくれなかったら、俺が叫んでいたかもしれない。 「先生?」 今度はおじさんが静かに問いかける。 「それでは、娘のお腹には、今子供がいる……ということですか?」 医師は首を振る。 「いえ、どうやら流産された直後みたいでした」 「そんな……流産って……!」 「おばさん、しっかり!」 倒れそうになったおばさんを支えながら、俺も1つ気になっていたことを聞く。 「あの……彼女はどこにいたんですか?」 「救急隊員の話だと、駅のホームにいたそうだ」 「ホーム?」 「始発から終電まで、ずっとホームの椅子に座っていたとのことです。凪波さんが、いつまでも動かないことが気になり、駅員が声をかけたところ、何かを言いかけて気を失った……ということだそうです」 「何かを言いかけたって……どんな言葉かまでは聞き取れなかったんですか?」 「さあ、そこまでは。私も救急隊員から話を伺ったくらいですので」 「……先生……」 少し落ち着いたのか、おばさんが少し低めの声のトーンで話し始める。 「私の方からもう1つ質問してもよろしいでしょうか」 「はい、どうぞ」 「なぜ、家に……電話をかけていただけたのでしょうか?」 続けておじさんも 「そうです!何か持ち物とかあったんでしょうか?見せていただけませんか?」 医師はまたもや首をふり 「身元を証明するものは、これだけでした」 医師がポケットからメモを取り出して、おばさんに渡した。 俺とおじさんも、そのメモに視線をむける。しわくちゃで、丸められたものであることがわかった。 はたの ななみ ひらがなで書かれた凪波の名前と、凪波の家の電話番号だけが書かれていた。 「これ……凪波が書いたってことですか?」 おばさんが聞くと医師は淡々と 「そこまでは分かりかねます」 そう言うと、医師は腕時計をさっと見ると「では、一度失礼します」とだけ言うと踵を返して表紙を出ていく。 看護師は焦った様子で深くお辞儀を俺たちに向けてすると、「何かありましたらナースコールでお呼びください」と早口で言うと、走って医師を追いかけて行った。 残された俺たちは、もう1度そのメモを見る。 「おじさんおばさん……これ……凪波の字ですか?」 おじさんは「わからんなぁ」と言い、おばさんも 「あの子の字かどうかなんてわからないわよ!」 と混乱していた。 荷物はこれ以外はない。 意識不明になるまで駅のホームにいたという凪波。 俺は、凪波が何かの事件に巻き込まれているんじゃないかと考え、背筋が凍る思いがした。
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