1st memory あなたのことは知らないはずなのに、あなたのキスは覚えてる

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Side凪波 「あんた、何でこんなことに……」 母が、聞く。動揺を隠さない声で。 「わかりません」 私は答える。淡々と。 「一体どこにいたんだい?」 父が、聞く。動揺を無理に抑えようと、落ち着いた、でも震えた声で。 「わかりません」 私は答える。淡々と。 何を、誰が、どのように聞いたとしても、 たったそれしか、言葉が出て来ない。 私が持つ、最後の記憶の私。 その後に「記憶に存在しない」私から彼らに連絡があったという事実も、私にとっては「そうなんですか?」としか言えない。 両親は泣いた。 どうせ馬鹿なことをしたんでしょう、と母は罵った。 看護師さんが母を押さえてくれなければ、私は打撲の手当を受けなくてはならなかっただろう。 人に言えないことをしたんじゃないよな、と父はおそるおそる確認をする。 そんなの、私が1番知りたい。 今の私の気持ちをわかる人は、世界中にどれだけいるのだろうか。 心当たりもないことを推測され、責められる。 体と心のバランスが一致しない不安定さが、どれ程苦痛なことか。 そんな私に、なにも聞かず、ただ冷静に事実だけを教えてくれ、私がこの世界に慣れる手助けをしてくれたのはたった一人……朝、太陽が昇る時間に生まれたからというのが名前の由来になった朝陽だけ。 太陽は暗い闇を照らすことで光を取り戻してくれる。 私のことも、暗闇から救い出してくれる……。 病院での再会から、毎日欠かさず側で支えてくれる朝陽だけが、不安定な私を支えくれる。 だから、1ヶ月しか経っていないにも関わらず 「お前のこと、支えてやるから、結婚しないか?」 という言葉をだまって受け入れた。 かつては自分を縛る言葉だと思っていたはずの結婚が、自分を守ってくれるのだと、この時の私はそう信じるしか、もう道が残されていないと思っていた。 心の奥の、ずっと奥で、なにかが痛むのは、自分の気のせいだと思うことにした。
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