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至高の命
そして、幼馴染の三人で。
自分の命をなげうって、お互いにお互いの生を欲して生かそうとした、至高の命。
「分かったよ」
ライアが降参というような声で、息を吐く。
「ふふ、それよりライアこそ、結婚しないの?」
「俺は、」
言い掛けて口を噤む。
「この前の女性は?」
呆れ口調で、ライアが声を上げる。
「なあ、言っただろ。シマは、旅してた時に世話になった人で」
「結婚を申し込まれたんでしょう」
オリエが薄っすらと笑顔を浮かべて、ベッドに放ってあった洗濯物を一つ一つ取り上げる。
「シマさんに聞いたの。ライアのこと、愛してるって言ってたわ。とても、綺麗な人」
「シマは、俺に会いに来たわけじゃない。父親の遠出に付き合ってきたってだけで」
「そうかしら」
「オリエ、勘弁してくれ。俺ももう、結婚しろなんて言わねえから」
ふふ、と笑う。
その笑顔をライアは胸の中へとしまうと、オリエが抱えていた洗濯物を奪い取って、台所の方へと歩いていった。
✳︎✳︎✳︎
「なあ、お前は呆れているんだろうな。はは。分かるよ、分かってるよ」
もう暖かい季節だというのに、少し肌寒いのはこの霧雨のせいかと、ライアは建て直された真新しい墓の前で両腕をさすった。
足元には、すっかり枯れてしまった花の残骸。
リアナがよく、ここへ花束を添えてくれることを、オリエから聞いていた。
「もう一人の、お父さまか」
ふうっと、息を吐く。
「リアナ、お前にはたくさんの父親がいて幸せだな」
自分には親がいなかった。余計そう思うのかもしれない。
「羨ましすぎるぞ。なあ、セナ、お前もそう思うだろう?」
ライアは知らず知らずのうちに苦笑しながら、花束の残骸を両手でかき集めて片す。
「でも、リアナはお前と俺、オリエの三人で育てるんだ。オリエとも、そう決めただろ?」
片した花束を少し離れたところに、腰を折ってよける。
立ち上がると、両の手のひらの汚れを簡単に払った。
「結婚なんて、どうでもいいんだ。お前なら分かるよな。俺たちは、魂で繋がっているんだから」
払った両手を、腰にあてる。
「俺たち、いつでもお前の隣にいる」
丘から望む町の方角から、子どもの歓声が聞こえてくる。
まだ早朝だというのに、元気な甲高い声。
「やっぱりいいな、この丘は」
草木の薫り、柔らかい朝の光。
「お前、幸せだな」
目頭が熱くなる。
ライアはおもむろに踵を返すと、丘を登ってくる霧を含んだ冷たい空気を頬に感じた。
頬に手をあてると、指先が冷える。
三人の丘はまだ、三人の幼なじみのものとして、そこに在る。
丘のふもとから風が吹いてきて、ライアの黒髪をくしゃりと撫でていった。
了
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