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命の大樹
「樹木祭の後夜祭には、必ず来て」
ライアとセナの二人と丘の中腹で別れる際、そう言うのが精一杯だった。オリエは丘からの帰り道、二人が言っていたことを頭の中で反芻していた。けれど、なに一つとして納得することができないし、噛み砕いて飲み込むこともできない。家に帰ってすぐに自室のベッドに潜り込んだ。
「もちろん、後夜祭には行くつもりだ」
ライアの力強い返事が思い出される。
普段から冷静なセナも、微笑を浮かべながら言った。
「僕ももちろん行くよ。少しでも生き伸びる可能性があるのなら、その可能性を自分から放棄はしない」
「俺が生き残ったら、オリエをその分、幸せにする」
「僕が残ったら、僕がオリエを幸せにする」
(それでもし、鈴果が手に入らず、二人の命が尽きてしまうのなら。私に他の男と結婚して幸せになれってことなのね)
それも二人の間ではすでに取り決められているようだった。二人は目を見合わせて、強く頷いていた。
自分の知らないところ、二人だけで大切なことを決めてしまったその行為に、オリエは憤りを感じざるを得なかった。
(どうして……どうして、そんな勝手なこと……)
オリエは目をぐっとつぶり、ベッドの上で枕を抱きかかえていた腕に力を込めた。
(どうして、そんな大切なこと……)
悲しみなのか怒りなのか、途中からはもう判断もつかなくなった。
『運命』。決して抗えない、不条理な想い。
『運命』を考えるとき、常にオリエの頭の中には、一本の大樹の存在があった。オリエはその姿を思い浮かべてみた。
その大樹は、オリエの住む家より、南に三千歩ほど行ったところにある。太く大きな幹は、十人の子どもたちが手を繋いでやっと囲めるような、力強いものだ。
緑の葉はいつも青々と茂り、一年に一度だけ白く可憐な花を咲かせ、その後に花の数だけ実をつける。
それはランタンの村、所有の木だった。
その大樹は『鈴樹』、その実は『鈴果』と名付けられている。
ランタン人がその鈴樹を神様の樹として崇めているのには、理由がある。不思議なことに、その大樹がつける実、鈴果はランタンに住まう住人の数にほぼ等しいものだった。
そして、毎年それは増えたり減ったりを繰り返しながら、毎年違った数の実をつける。
赤ん坊が生まれれば増え、老人が亡くなればその数を減らす。それはそれは不思議な現象だった。
そしてそれに添った伝説も無視はできない。
ランタン人は年に一度、この鈴樹の実を食べなければ、その命が途切れてしまうという伝説。
不思議なことであるが、その鈴樹の生とランタン人の生は、繋がっているというのが現実だ。
ランタン人はそれほどに生命力が弱いのだと言う。それを鈴果で補っているのだという説もある。
ランタン人は一年に一度、鈴果を食べなければ、死んでしまう。
実際、口にせずに死んでいった愚かな者もいるが、その死はランタン人の中へ恐ろしい言い伝えとして植えつけられた。それは証明されている事実なのだ。
鈴樹はランタンの街の中心地に、その根を広げている。
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