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一つの実を奪い合って
「ダウナでは毎年、樹木祭の後夜祭の日に、一粒の鈴果を巡って、十八歳の若者同士で争奪戦が行われるのだよ」
「嘘よ、そんな話、聞いたこともない……」
「十八歳以上の者にしか、この事実は知らされていないからな」
実はオリエはこのときまで、鈴樹はランタン人の数より一つだけ多く、鈴果をつけることも知らなかった。
樹木祭の最終日。その一つのみが、ダウナに差し出されるのだという。
それはダウナの秘密であった。ダウナといえば、セナとライアの出身地だ。それもあって、オリエは頭を殴られたような衝撃を受けた。父親が謝罪の意と引き換えに、教えてくれたのは、命に直結する重大な秘密。
二十年に満たないダウナ人の寿命をも、鈴果が引き伸ばしてくれるという事実。
毎年鈴果を口にしなければならないランタン人とは異なって、一度でも鈴果を口にできれば、ダウナ人の寿命は倍、いや三倍に伸びるのだという。
「じゃあ、十八になったダウナ人の中で、鈴果を食べることのできた一人だけが、生き残るってこと?」
震え上がってしまった。
「ああ、そうだ。それがダウナ人の宿命なのだ。昔はみな、短命、すなわちそれが運命なのだと、抗うことなく素直に死を受け入れ、みな死んでいった。けれど、数十年前のことだ。その年は鈴果が一つだけ余った。樹木祭の最中に、ランタンのご老人が急に亡くなったんだ。我々はそこで貴重な鈴果を捨てることもできず、次年度に繰り越すこともできずにいた。それで、試しにそのとき代表となっていたダウナの長に食べさせてみたんだ。すると、彼は無事に二十一歳を迎えることができた、ということなんだ」
「……けれど、その人は今はどこに?」
「一人だけ、生きながらえるわけだからな。ダウナには居られまい。旅支度を整えて、遠いところへと旅立っていった。相当な歳だろうから、今はもう亡くなっているかもしれないが」
そしてそれからは毎年一つだけ余る鈴果を、十八になった若者で争奪する。口にできたものは、ダウナの他の村人とトラブルになる前にと、その日のうちに村を出ていくのだという。
(そんなことがあるだなんて、全然知らなかった……)
愕然となった。まだ幼いオリエには、知らないことが山ほどあった。自分に無関係なことなら別にそれでいい。けれど、これは自分を含めた幼馴染三人の命に関わる重大な事柄なのだ。
「じゃあ、ダウナ人が……ライアとセナが鈴果を食べれば……ダウナのみんなが食べることができたなら、」
父親サンダンの目がぎろりと光った。
「オリエ、鈴果の数が、ランタン人の人数と同じだということはすでに話してあるはずだ。残念ながら余分な実は、無いに等しい。父さんのフューズという立場で、ランタンの人々の誰に、ダウナに譲ってやれと言えるだろうか? おまえならわかるね? オリエ」
オリエはそのとき、とっさに思い出した。十八になるダウナ人は幼馴染の二人だけじゃない。一つの鈴果が、他の人の口に入ってしまったら? そうなれば二人ともが死んでしまうのだ、と。
父親が去ってからも、オリエの身体は震え、冷えたままだ。辛く苦しく、そして悲しかった。胸が潰れそうに痛む。その痛みを、十八になるこのときまで、オリエはずっと胸に秘めていた。
(どうしたらいい? なにか救いの手はないのだろう?)
ずっと考えていた。
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