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おまえの分も生きる
オリエは待っていた。遠くの暗闇をじっと見つめる。
太陽もとっくに沈んでしまった夜更けの時間、鈴樹の前にできていた長い長い行列はすでに解散し、その姿はない。鈴樹もその実をひとつ残らず失ったため、監視についていた兵士も厳かに神事を行なっていた神官も、今頃は自宅でその重責から解放され、ゆっくり休んでいるはずだ。命を繋ぐ神事は、今年も滞りなく、執り行われたのだと安心して。
「鈴樹も丸裸にされて、きっと疲れちゃっているわね」
オリエは大樹にそっと手を伸ばして触れた。ざらりとした幹、その木肌。どしりと大地に下ろした太い根っこ。鈴樹を見上げれば、そこには大きく伸ばした枝葉がある。その豊かな枝葉のひとつひとつに、生きる源すら感じる。
空をさらに仰ぎ見ると、緑陰の陰からチカチカと星が瞬いているのが見える。この世界の喧騒とは無縁だからか、それはそれは神々しく美しく輝いている。
子どもの頃はこうやって空を見上げては、この空はどこまで続いているのだろうかと、想像しては楽しんでいた。オリエはランタン、ダウナの空しか知らない。もちろんセナ、ライアも同じく。三人で毎日のように丘で待ち合わせをして、駆け回った時にふと見上げる空しか、知らないのだ。
(幸せな時間は、永遠ではないんだわ)
その丘を覆い尽くす緑の絨毯の上でよく、靴も靴下も脱ぎ去って寝転がり、三人で風を感じながら、雲や空、花や植物で、日が暮れるまで遊んだ。
眼をそっと瞑ると、穏やかに通り過ぎていくぬるい風を肌に感じられた。
(命も、決して永遠ではない)
長い間、自分に言い聞かせてきた。いつかは、別れが来るのだと。
そうしているうちに遠くの方で、じゃりじゃりと地面の土を踏みしめる音がした。次第に近づいてくる。ダウナ特有の色とりどりの布の端切れで作られた靴が、土砂を食む音。その聞き慣れた足音に、オリエはほっと安堵の息をついた。
目をゆっくりと開けるとそこには、無表情のセナが立っていた。
「運が良いのか、悪いのか」
そう言って、くしゃりと顔を歪めた。
セナの表情には迷いや後悔、そして哀しみ。オリエは真っ直ぐにセナを見つめて、強く言った。
「もちろん運が良いに決まってる。セナは私と一緒に生きて」
励ましの言葉が、セナには一番効果があるということは分かっている。
セナが、泣きそうな表情を浮かべるだろうことも、分かっていた。
けれど、セナは予想に反して、唇を噛みしめながら薄く笑った。
笑っている。
「オリエ。僕は、君と生きるよ」
オリエの前へと進み出ると、ポケットから小さな箱を出して手に取った。そして箱を開ける。そこには一粒の鈴果。それをつまんで、口へと運んだ。
ごくりと喉を鳴らす。
そして、「ライア、許してくれ。僕はおまえの分も生き、おまえとの約束通りに、僕はオリエを守ってみせる」
天を仰ぐようにして、そう声を上げた。
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