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贖罪
それは、恐怖だったのかもしれない。真っ暗な沼にでも、ずぶずぶと沈んでいくような感覚に陥った。
これまでにあまり経験のしたことのない、恐ろしさ。
嫌な予感は、しばし的中する。
まさか、と思った。
思わず、口をついて出た。
「オリエ、おまえ、まさか……」
オリエはそのまま勢いよく立ち上がると、踵を返して玄関へと向かった。薄橙色の巻きスカートがふわりと空気を含む。
「待てっ!」
ライアが勢いよく立ち上がった。その拍子に机の上にあった、空の皿がカタンと跳ねた。椅子を足で下げ、ガタッと音をさせたかと思うとライアは机を回り込んで、玄関へと向かうオリエの腕を、後ろから掴んだ。
だが、オリエはそれから逃れようと身を揺らし、そのまま歩みを強引に進めていく。
「オリエっ、待てって! まさか、……おまえっ!」
ライアは焦れて、頑なに玄関へと向かおうとするオリエの両腕を取って、身体を自分の方へと無理矢理に向けた。
それでも逸らそうとするオリエの顔を見て、一瞬動きを止めた。
悲しげだった彼女の顔は。
薄っすらと微笑みをたたえていた。
ライアはそれを見てすべてのことを察してしまった。察してしまえば、血の気が引いていき、顔がみるみる真っ青になる。
言葉を絞り出した。
「なんてことをした……」
瞳から涙が零れ落ちる。
それは、オリエの瞳ではなく、ライアの瞳からだった。
「オリエ、何てことをした、んだ、」
喉の奥に何かが詰まって、吐き出せない。いや、吐き出さねばなるまい。
ライアは、思い余って自分の口の中へと指を突っ込んだ。その腕に、オリエが食らいつく。
「やめて、ライアっ、やめて!」
「うぐっ」
ライアの腕をぐいぐいと引っ張った。二人で絡み合ってもつれ、そして同時に床に倒れてしまう。
「オリエっ」
ライアはオリエを抱きしめると、自ら背中を床にし、そのまま落ちた。背を打ち、一瞬息が止まる。胸が苦しくなり、慌てて大きく息を吸い込んだ。
それから腕を伸ばし、上から乗っかっているオリエの軽い身体を抱いた。
「うう、ライ、ア……」
オリエは、ライアの身体の上に乗り、そのまま顔を伏せた。ライアの胸に、顔を埋める。
愛しさがぶわりとせりあがってきた。
ライアは両腕に力を込め、オリエを抱きしめた。オリエの背中が、びくびくと波打つ。さっきまで微笑んでいたオリエは今、どうやら泣いているようだった。
「許して、ライア……ごめんなさい」
ライアの胸の中で、オリエは何度も謝った。
そのままライアは絶句し、そしてオリエはごめんなさいと、謝罪を繰り返した。
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