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正しき道
「何てことをしたんだ! おまえはっ……自分がやったことが、どれほど……どれほど恐ろしいことなのか、分かっているのかっ!」
激昂して発する怒鳴り声が、曇天の空を突き抜けて落ちる雷鳴のようだった。幼い頃はそれが、心底恐かった。
「ダウナに鈴果をくれてやるだなんて、神をも冒涜する大罪だぞ!」
(……愛する者を助けることが、なんの罪になるっていうの!)
シンプルに、そう思った。それは疑問でもあり、反抗心であった。父親の、この嵐のように狂った怒りに反発することもできる。けれどオリエは今、その怒りを甘んじて受け留めている。
それはもう、心の内に宿る強い意志によってと言わざるを得ない、揺るがないものが宿っているからだ。
実はオリエの父サンダンは、いつかこんな日が来るのではと感じていた。三人の仲の良さを遠目にでも見ていたし、それはオリエの言動の中にも垣間見えたからだ。予感があった。このような結果は想像もつかなかったが、オリエが幼馴染二人の死を黙って大人しく受け入れるとはとうてい思えなかったのだ。
けれど、それが現実として目の前に突きつけられれば、やはり冷静ではいられない。父サンダンにとっては、自分の娘を失ってしまうという最悪の結果となってしまった。
「お父さま、勝手なことをしてごめんなさい。でも、私は後悔していない」
「馬鹿なことを言うな! おまえは後悔ないかもしれないがな、残される私ら家族はどうすればいいのだっ! せっかくおまえをこ、ここまで大切に育ててきたのに……これは私たちの愛情を踏みにじる行為だ!」
「そうよ、オリエンティン! なんてことをしたの。こんな大それたことをしでかしてしまって……あああ、私たちはどうしたら良いの」
母親もその場に崩れ落ち、ハンカチを目に当てて、さめざめと泣いた。
父親のサンダンも唇を噛みしめている。
「お父さま、お母さま……」
オリエの目にもみるみる涙が溜まっていった。二人の愛の深さを思えば、胸が押しつぶされそうになった。
もちろん、なに不自由なく愛情深く育ててくれた。オリエはいつも両親によって守られてきた。両親の想いを考えた時、オリエの行為は結果的にそれを裏切るものとなってしまうのは明白なのだ。背信行為と取られても、仕方がないことだった。
けれど、その想いと同様に、オリエの中にもまた強く揺るがない愛情がある。
それは、長い間一緒に過ごしてきた幼馴染の二人に、一途に、そして直向きに向けられているものだ。
親への愛情とは比べることのできない、確固たるもの。
自分の命より。
ライアと、セナの命を。
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
けれど、後悔はない。自分の行いを愚かとも思わない。
これが正しい道と信じて、オリエは選び、そして進んだ。
どれだけ両親に頭を下げても、オリエの中からはその言葉しか出てこない。
謝罪の言葉は、愛情深い親子の間を、虚しく漂うのみだった。
✳︎✳︎✳︎
「おまえはバカかっ! なぜ気付かなかった!」
珍しいセナの激昂が周りの空気をも嵐のように震わす。
今にもライアに殴りかかりそうなセナを阻止しようと、後ろからカナタが羽交い締めにしてもみ合っている。
いつもなら、カナタはなんだかんだと血の気の多いライアの方を押さえつける役割だ。そう苦く思いながら、ほどけそうになる腕に力を入れ直した。力強く押さえなければ、自分が吹っ飛ばされるほどの勢いだ。
「セナ、ちょっと落ち着け! 今さら、ライアを殴ったところで、どうしようもないぞっ!」
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