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取り返しのつかない
当のライアと言えば、魂でも引っこ抜かれたような顔をして、役所のベンチに背中を丸めて腰掛けている。セナの威嚇にも動じないほどに、沈んでしまっていた。
「離せっ」
セナがカナタの腕を払いのける。そしてその一瞬で、セナはライアの前に進み、胸ぐらを掴んで捻り上げた。
ライアは力なく、されるがままにだらりと立った。
「おまえのせいだぞっ! おまえがオリエの鈴果を食わなければ、オリエがこんな目に遭うこともなかったのに!」
「………す、すまない」
「謝って済むことか! このバカヤロウっ!」
セナが振り上げた拳が、ライアの右ほほに鈍い音をさせて当たった。その拍子に二人ともがもつれ合って、その場に倒れた。
「なにがオリエを幸せにするだっ! このお調子者めっ!」
セナがライアに馬乗りになり、さらに腕を振り上げた。ライアはされるがまま、焦点の合わない視線をふらふらとさせている。
「くそっ、くそおぉっ」
拳を振り下ろそうとしたセナを、再度カナタが止めに入った。セナの背中にタックルし、その動きを制す。
「おい、やめろっ! おまえら、こんなことをしてる場合じゃないだろう!」
「離せっ、カナタっ! おまえも殴られたいのかっ」
セナが拘束から逃れようと、狂ったように身体を暴れさせる。
必死で掴んだライアの胸ぐらを握り込んだ左手は、そのうちに小刻みに震え始めていた。
ライアが、ぽつっとこぼす。
「……どうしたらいい? 何をしたら、オリエは助かるんだ? お願いだ、教えてくれ。誰か、教えてくれ……」
死が。ひたりひたりと、その距離を詰めてくる。
それは覚悟を決めていたはずの自分にではなく、なんの落ち度もない幼馴染、オリエに、だ。
オリエに?
そう思うだけで、気が狂いそうになった。
「ライアっ、おまえのせいでオリエは……くそっ!」
セナはライアの頬をもう一度、力を込めて殴りつけた。拳がほお骨に当たり、ガツっと鈍い音がした。その拍子にライアの下唇が切れ、血が流れ落ちた。
セナはそんなライアの顔を荒々しい息で見つめると、そっぽを向くようにライアから離れ、ふらふらと集会所を出た。
ライアをどれだけ責め殴ったとしても、オリエの命は取り戻せない。わかっているが、怒りを抑えることができなかった。頭の中に思い描いていた計画が白紙に戻ってしまった。
セナは空を仰いだ。
「どうしたらいい? どうしたら、」
知らず知らずに流れた涙が、首を伝って服へと流れ込んでもまだ、正気には戻らない。
セナは長い間、その場で立ち尽くしていた。
計画を練りなおさねばなるまい。わかってはいるが、頭が回らない。回らない頭から出た言葉は、ただ。
「頼む、僕の命とでいい……交換してくれ」
呟いていた。
「……僕の命を、」
涙をぐいっと右腕の袖で拭う。
「僕の命をくれてやる……だからお願いだ。オリエを……オリエだけはどうか助けてくれ」
そして、ふらふらと彷徨うようにして、その場を離れていった。
✳︎✳︎✳︎
(地に足は着いているのか、俺は生きているのか、)
ぼんやりとした頭でライアは考えていた。
これでもう寿命を全うするまでは生きられる、鈴樹の実を勝ち取って口にした者は、そう思うのだろうに。
今までどれだけ欲したものだろうか?
欲しくて欲しくて、喉から手が出るほど欲しいと願った「生」だというのに、その「生」が今、ライアを苛んで責め立てている。
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