痛み

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痛み

(オリエを犠牲にして、俺は生き延びるというのか? オリエがいない世界で、どうやって生きていこうっていうんだ) 頬に痛みがある。 セナの怒りがそこにあって、ライアはその怒りを思い出すようにして、そっと手でなぞった。 (あんなに怒り狂ったセナを見るのは、初めてだ……当たり前か、俺はそれだけのことをしでかしてしまったんだ) 洗面所へ入ると、鏡に唇が赤黒く膨れ上がっている自分の姿が映った。その姿を見て居たたまれなくなり、ライアは顔を洗った。 洗面台の中で水飛沫が跳ね上がり、その艶やかな黒髪をも濡らす。 「あなたの髪は、ユンジュのようね」 幼い頃、丘で初めてオリエに出会った時のことだ。同じくらいの歳の女の子。生意気に見えた。そう言われて頭にきたことを思い出した。 ライアは、誰もが羨ましがる薄茶色の巻き髪を揺らすオリエが、初対面で自分の髪を海藻に例えたのが気に入らなかったのだ。 「なんだと、おまえ! 俺をバカにしてんのか!」 怒鳴ってやった。その怒声に驚いた顔をした。けれどそれは一瞬のことで、オリエは笑顔で気にせずに続けた。 「そうじゃなくて、ユンジュって最初は緑色なのに茹でると黒くなるじゃない? その色に似てるなって思って」 火を通したユンジュはその深い黒が美しい。その神秘的な漆黒は海の黒曜石と例えられるほど。茹でれば価値が格段に上がるのだ。 「綺麗ね、とっても。本当に、宝石みたい」 そう言って、そっと指先を伸ばし、自分の黒髪に触れた。 ユンジュはその美しさだけでなく、甘みのあるトロリとした味わいに加え、栄養価の高い高級品。 「それにすごく美味しそう……おなかがすいてきちゃったわ」 花のように笑った顔。バカにされたとは、もう思わない。その笑顔を生涯、忘れないと思った。 その時、ライアはすでに両親を亡くしていた。どれだけリンドルを奏でる練習に励んでも、誰にも褒められずに寂しい思いを抱えていたライアの心に、オリエの言葉は染み入んでくるようだった。 オリエはそれからも何かにつけて、自分を褒めてくれた。 オリエはセナに対してもそうであって、初めのうちはセナが褒められると、ヤキモチを焼いていた。そして自分ももっとオリエに褒められたいと、セナに対抗心を燃やす。 けれど、セナがオリエの評価に値する立派な男だと分かると、次第にオリエを守る同志として受け入れるようになる。 「ライア、セナ! パンナをもらったのっ。これ、二人で分けてっ」 手を振って、息を切らしながら丘を走ってきたオリエの紅潮した顔。右手には紙袋。三人で紙袋をのぞき込めば、湯気がほわりと頬を包んだ。 焼き立てだ。急いで持ってきたのだろう。 「オリエは?」 「クリーム入りだよ。珍しいでしょ? 私はもう食べたから、二人で食べて」 オリエが二つに割って、笑顔で差し出してくる。 (それが嘘だと分かる、そんな俺たちだったのに。オリエという人間を、分かっているつもりだったのに)
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