ただ、会いたい

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ただ、会いたい

「だって、全然覚えられないんだもの! あんなもの、どうして覚えなきゃいけないのかしら。字が踊っているようにしか見えない象形文字なんて、覚えたって仕方がないように思うけど。歴史、歴史って、パキラ先生は頭が固いんだから。きっと、頭の中が石板と化石でできているんだわ。それであんなにもカチカチなのよ」 「……なあ、後ろに本人いるんだけど」 びくっとして恐る恐る振り向いて、パキラ先生が仁王立ちを確認したその時の、オリエの顔。先生に大目玉を食らったのを覚えている。 「ライア! なんでもっと早く教えてくれなかったのよ!」 ライアは腹を抱えて笑うだけで、その後怒ったオリエに追いかけられた。 そんな些細なやり取りが、幸せでたまらなかった。 セナはいつも学年でトップ。凄いことではあるが、変わりばえのしない成績だ。二人の間では、「セナはまた一番ね。すごいわ」くらいで終わってしまうので、こういった勉学の話題には、あまり名前が出てこない。 だから、セナには勉学では負けて悔しいのだが、オリエとこんな風にじゃれ合えるのが嬉しくて、この楽しみが味わえるなら負けてもいいやと、いつも簡単に兜を脱いでいた。 「……スープ、口に合わない?」 突然入り込んできたその声に、身体をびくりとさせる。 ライアは手元を見たが、手に持ったスプーンには、何ものってはいなかった。 顔を上げると、シマが苦笑まじりに視線を寄越してくる。 「まずかった?」 「いや、うまい、よ」 止まっていた手を動かして、スープを一口、口へと運ぶと、ライアは今度は意識を料理へと向けた。 「……うまい」 もう一度そう言うと、シマが嬉しそうに笑った。 ライアは食事を続けながら、オリエのことを考えないようにと、意識を集中していった。 オリエを考えないように。 それは、胸を短刀で突き刺すような、そんな痛みも同時に連れてくる。 (オリエを失くすわけじゃない、考えないようにするだけだ) けれど、永遠に続くのではないかと思われるような、この痛みを伴う堂々巡りの想いは、いつまで経っても頭のどこかにぼんやりとあり、その存在を大きくしていく。 会いたい。 会いたい、ただ会いたい。 そう口にしそうになる言葉を、スープとともに流し込むと、ライアは手を伸ばして、パンを一つ取り上げた。
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