平行線

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平行線

昨日から続く少し強い風は、彼女の耳元で不協和音を奏でながら、薄茶色の艶やかな長い髪に指を梳き入れ、そのまま山側へと飛び去っていく。 しばらくの間、髪や薄橙色(うすだいだいいろ)の巻きスカートを風に良いように遊ばせておいてから、彼女は思いついたようにして、もう一方の村、ダウナへと続く道へと足を向かわせようとした。 その時、背後で。 「オリエ、ちょっと待ってよ! ねえ! お願いだからそんなに怒らないで」 少し高め。優しさを含む。心地よい包容力。まろやかな質にくすぐられる、小鳥の羽根のように軽い声音(こわね)。 声の持ち主は、ランタン、ダウナを合わせた中でも、一番賢く秀才と言われ育った男、セナだった。 そして、もう一つ。 「オリエ! もう勘弁してくれ。頼むから、機嫌を直してくれ!」 地を這うように太く低く、腹に響いてくる声。人を安心させる、どっしりと構えた性質のもの。 こちらは二種の楽器の演奏を得意とする、ライア。その手さばきは、楽器がもはや身体の一部なのではと人々に錯覚させるほどの腕前だ。 ちらと振り返ると、まだ小さな二人の姿が、こちらへと向かってくるのが見えた。 「オリエ……待って」 オリエ、セナ、ライアの三人で行った、先ほどの話し合いは平行線だった。いや、話し合いにすらならなかったと言ってもいい。そのためなのか、今日のその二つの声はどちらも、男が女に必死になって許しを請うような、そんな一種の情けなさを含んでいた。 オリエは、声の方へと顔を向けるどころか、そのまま地面を睨みつける。そんな二人の声を、今は耳にも入れたくない。くるっとスカートを膨らませて踵を返すと、丘を下る道へと歩みを進めた。 先ほどまで泣いていた弱々しい表情と違って、その桜色の唇は真一文字にぎゅっと引き結ばれている。 「…………」 言葉を発してしまうと、押し込んだ涙がまた込み上げてきそうで、彼女はダウナへと下りていく小道を睨み、頑固に歩みを続けた。 「オリエ、待て!」 坂道で勢いがついて足がもつれそうになったところで、オリエの腕はぐいっと掴まれて引き戻される。 彼女よりはるかに背が高く、屈強な男ライアが苦虫を噛み潰したような顔で、腕を握った。
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