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孤独の痛みを
「……すまない、怒鳴って悪かったよ。でも、何か病気にでも感染したらどうする? そこが無菌室だからって、気を許しちゃいけないよ。決められたもの以外は、触っちゃだめだ。あと、触るものは事前に消毒するようにね」
今までに何十回と小言のようにして言ってきた注意事項だ。
言い聞かせるように話しているうちに、何とか落ち着きを取り戻したセナは、立ち上がった時に倒してしまった椅子を起こして、再度座った。
(……鈴果を食べられなかったランタン人を収容するための無菌室の建設が、オリエの到着に間に合ってよかった。けれど、オリエがこの無菌室の初めての、)
『患者になった』と言いそうになって、口を噤む。
他の研究者のように、オリエを『患者』やら『被験者』などの扱いはしたくなかった。
オリエは、オリエなのだ。セナにとって他の誰でもない、唯一無二。
(とにかく、細心の注意を払わないといけない)
頭の中を空にしたくて、セナはモニターに話しかけた。
「……オリエ、今日は何の話が聞きたい?」
昼食前の恒例となった、セナとの会話を、オリエも楽しみにしているようだった。
体調管理などの他には、他人との接触を制限されているからだ。
何らかの病原体を持っているかもしれないという理由で、オリエの住む広大なドームには、鳥や小動物など、オリエの心を癒すような動物を入れるのも許されない。
あるのは、検疫を通った、植物のみである。
「こんなに広いのに、ここには私ひとりなのね」
初めてドームに入った時に言った、オリエの言葉が頭から離れない。
それと同時に思い出すことがある。
それは、オリエの十二歳の誕生日。迂闊にも森でオリエをひとりにしてしまった。ひとりは嫌だと泣き叫んだ、その言葉と重なっては、セナを苦しめる。
「僕が側にいるよ」
言えなかった。この無菌室のドームと研究棟は隣り合ってはいるが、距離がある。
オリエを助けたい一心で研究に没頭すればするほど、反して時間的にもオリエの側を離れることとなる。
(けれど、僕は幸運だ。こうしてオリエの顔を見ることもできるし話すこともできるのだから)
それすら出来ないライアを遠くに想う。胸が潰れそうに痛んだ。
オリエはベッドへと座ってから『セナ、昨日話してくれた、三日月の神話の続きを……』と催促した。
モニター越しではお互いの細かな表情は窺い知れない。
そしてもう、随分と長い間、二人は触れ合っていなかった。
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