哀しみの事情

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哀しみの事情

「んあ、えっと……」 ロイが、言いにくそうに口籠った。ライアが再び声を掛けようとしたその時。 「おい。おまえは、いったい何者だ?」 背後。野太い声がして、ライアはもう一度、博物館のような部屋へと足を踏み入れた。 「俺は……ダウナから来た」 「なんだ、そうだったのか。ここに生きて立っているってことは、鈴果を食べたってことだな。それはラッキーだった」 ラッキーだと? 愛する者の命を奪ってまで、ぶざまに生き残ったことがか? 胸を矢で貫かれたような痛みが走り、ライアは顔をしかめた。 だが、その愛する幼馴染を救うため、そんなことに気を取られていてはいけないのだ。 「……それで、あなたは?」 ライアは慎重に問うた。 「俺か? 俺はルキアの研究員だ」 「なんだって⁉︎ じゃあもしかして、971年にダウナを出た者か?」 「おい、それはないだろう。これでも俺は三十だぞ。それは、俺のじいさんの話だ」 ボサボサの髪を両手でぐちゃりとかき回すと、ソルベは机へと戻って、椅子に座り直した。 「この干し芋、ルキアに送ってもいいか?」 「……その……ルキアでは、何を研究しているんだ」 オリエのことを聞きたい。はやるものを何とか抑えながら訊く。 「それより、まずはお前の話を聞いてからでないと、何も答えられんよ」 「もう、鈴果の代わりになるようなものは、発見されてるのか? 何か、免疫になるものは? 治療法はないのか?」 抑えるつもりがあっても、抑えきれるものではない。 「おい、俺の話を聞いてんのか。ったく……それができていたら、俺は干し芋なんかを送ったりはしない」 それが予想通りの答えなのか、それとも予想外の答えなのかも分からない。頭を殴られたようにライアの思考は役に立たなくなった。茫然自失。ライアは深い穴へと落ちていく感覚に陥った (……ま、間に合わなかった、のか) 「そこまで知っているのに、ルキアには行ったことがないとはな。一体、どういうことになっているんだ?」 居間へと戻り、三人が机を囲んでから、ライアは身の上を話した。 話している間中、ずっと重苦しい空気が漂っていたが、ソルベとロイの親子は、ライアの事情を知ると、同情の意を伝えた。 「それは、気の毒なことをしたな」 ソルベは、口まわりに生やした無精ひげをさわさわと撫でくりまわすと、んんん、と唸ってから、次に頭を掻く。 「無駄な期待をさせただけで終わる、という可能性もあるが……」 その言葉で、ライアは虚ろな眼をソルベへと向けた。 「俺が時々、ルキアへと使いにやるヤツの話を聞いた限りでは、その……治療法は見つかってはいないが、その代わりというか、何というか……」
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