あの頃が一番

1/1

32人が本棚に入れています
本棚に追加
/81ページ

あの頃が一番

夕食の食卓には、シマが腕をふるった料理が所狭しと並べられている。 それを見た途端、ハトゥの苦笑い。スプーンを手にし、そして粛々と話し始めた。 「ランタンが、エラいことになっているらしいな」 「噂が届いているか」 この地へと着く間に通ったどの街でも、その噂は広まっていた。 本当のところはそんな噂話など聞きたくない。耳を塞いで行く道を通りたかったがそうもいかないのが現実だ。 仕方ない。耳に入れ享受する。 「ああ。……信じたくはないが、全滅だとな」 空寒い思いがした。拳を握り締める。 「ランタンは今、人っ子ひとりいないらしい」 「……そうか」 誰に聞いても希望の持てるような答えは返ってこない。 崩れそうになる心を立て直そうと必死だ。ライアはずいぶんと前、世話になったお礼にとシマにやったリンドルを持ち出して、家から離れたところにある比較的大きな岩の上に腰を下ろした。 月明かりがあって、助かった、と思う。 けれど、哀しみの曲なぞを弾く気にもなれない。 ライアは比較的、明るめの旋律を奏で始めた。 指の先で、軽々弦が弾かれる。 もうかなり長く、リンドルを弾いてないにもかかわらず、驚くことにその指は弦の位置をしっかりと覚えていた。 ずっと肌身離さず持っていた、ダウナの楽器ハーグとはまた違う手触り。 なぜか、とてもしっくりときて、ライアの心を落ち着かせた。 ランタンとダウナの中間にある、あの丘。 幼なじみ三人がいつも待ち合わせをしたあの丘で、ライアがリンドルを奏で始めると、草の上に寝転んでいるセナとオリエの二人は、すぐにもいびきをかいて眠ってしまうのだ。 ライアはその様子を横目で見ながら、呆れながらもリンドルを弾き続けた。 あの頃が一番、幸福だったのだ。 あの緑陰が揺れる丘で、幼なじみの三人はよく、笑い合っていた。 幸せとはいつも足元に転がっているのに、何かを追いかける時、それに気づかずに通り過ぎてしまうのだ。 シマはライアがリンドルを弾く時、いつも遠慮してくれている。 誰も周りにいないことを確認すると、ライアは声を上げて泣いた。 ✳︎✳︎✳︎ 「まずは、ランタンに行こうと思っている」 思いも寄らなかったライアの言葉に、ハトゥは眼をパチパチとさせ、それから眉根を寄せて皺を作った。
/81ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加