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あの頃が一番
夕食の食卓には、シマが腕をふるった料理が所狭しと並べられている。
それを見た途端、ハトゥの苦笑い。スプーンを手にし、そして粛々と話し始めた。
「ランタンが、エラいことになっているらしいな」
「噂が届いているか」
この地へと着く間に通ったどの街でも、その噂は広まっていた。
本当のところはそんな噂話など聞きたくない。耳を塞いで行く道を通りたかったがそうもいかないのが現実だ。
仕方ない。耳に入れ享受する。
「ああ。……信じたくはないが、全滅だとな」
空寒い思いがした。拳を握り締める。
「ランタンは今、人っ子ひとりいないらしい」
「……そうか」
誰に聞いても希望の持てるような答えは返ってこない。
崩れそうになる心を立て直そうと必死だ。ライアはずいぶんと前、世話になったお礼にとシマにやったリンドルを持ち出して、家から離れたところにある比較的大きな岩の上に腰を下ろした。
月明かりがあって、助かった、と思う。
けれど、哀しみの曲なぞを弾く気にもなれない。
ライアは比較的、明るめの旋律を奏で始めた。
指の先で、軽々弦が弾かれる。
もうかなり長く、リンドルを弾いてないにもかかわらず、驚くことにその指は弦の位置をしっかりと覚えていた。
ずっと肌身離さず持っていた、ダウナの楽器ハーグとはまた違う手触り。
なぜか、とてもしっくりときて、ライアの心を落ち着かせた。
ランタンとダウナの中間にある、あの丘。
幼なじみ三人がいつも待ち合わせをしたあの丘で、ライアがリンドルを奏で始めると、草の上に寝転んでいるセナとオリエの二人は、すぐにもいびきをかいて眠ってしまうのだ。
ライアはその様子を横目で見ながら、呆れながらもリンドルを弾き続けた。
あの頃が一番、幸福だったのだ。
あの緑陰が揺れる丘で、幼なじみの三人はよく、笑い合っていた。
幸せとはいつも足元に転がっているのに、何かを追いかける時、それに気づかずに通り過ぎてしまうのだ。
シマはライアがリンドルを弾く時、いつも遠慮してくれている。
誰も周りにいないことを確認すると、ライアは声を上げて泣いた。
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「まずは、ランタンに行こうと思っている」
思いも寄らなかったライアの言葉に、ハトゥは眼をパチパチとさせ、それから眉根を寄せて皺を作った。
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