愛するということ

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愛するということ

「人っ子ひとりいないというのにか。まあ、それもこの目で見たわけじゃないけどな」 「……ああ、そうだな。鈴樹がどんな状態なのか、この眼で確認したい」 「枯れたと聞いてるぞ。それを確認して、何か意味があるのか?」 「…………」 言い訳なのかもしれない。本心は別のところにある。ライアは自分自身の弱さを笑った。 ルキアに行って、夫婦になったオリエとセナの姿を直視できるのか。 自信がなかった。 そうするように促したのは、紛れもない自分だというのに。 (俺は本当に心の狭い、小さな男だな) ふ、と苦く笑うと、荷物を片しに部屋へと戻る。 ここからランタン、ダウナまではまだ、三月はかかる。 その間に、何か心に変化はあるだろうか。 人の気配がして振り返ると部屋の戸口に、ハトゥが腕組みをして立っている。 何かを話したそうな雰囲気に気づいて、ライアは声をかけた。 「何だ」 「なあ、ここで一緒に暮らさないか? まあ、率直に言えば、シマを貰ってくれという話だ」 「…………」 ライアにとって薄々心当たりもあったので、そう驚くことではなかった。シマの真っ直ぐな瞳に熱が込められていることにも。 「猟師は大変だが、お前がいれば今の倍は稼げるだろう。三人で暮らすには、不自由はないはずだ」 「…………」 「……まだ幼なじみとやらを想っているのか」 「すまない。けれど、シマはいい女だから、他にもっといい男が、」 「そんな人いないわ」 ハトゥの後ろから、声がした。シマが、眉を下げている。 ハトゥは踵を返して居間へと戻っていった。二人だけの距離。荷造りをしているライアとドアに立つシマ。 その距離は遠くもあり、近くもあった。 「シマ」 「私、ライアのことが好きなの。私と結婚して、ここにいて欲しい」 「シマ、悪いが、」 シマがすいっと中へと歩を進める。 両手を握って祈りを捧げるように、前に掲げた。震える手。 「シマ……」 そして、思い切ったようにその手を解くと、ライアの両腕をぐっと握った。 「お願い、ここにいて」 ライアは荷造りの手を止めて、シマを見つめた。 オリエとセナの二人並ぶ姿を見る勇気もない、そんな弱い自分を認めたばかりの、このタイミングでかと、ライアは苦く笑った。 けれど、ライアの頭のてっぺんから足の指先まで、そしてその心の全てに、オリエの存在がある。 そんな自分と結婚しても、シマが幸せになることはないと、分かっていた。 「すまない」 ただその言葉しか、言えなかった。 ライアは唇を固く結ぶと、止めていた手を再度、動かし始めた。
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