episode⑫-2

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episode⑫-2

ここに来るのは本当に久しぶりだった。 子供の頃はあまり好きな場所ではなかった。 あるのは難しい本ばかりだし、 薄暗い部屋が少し怖いとさえ思っていた。 それが大人になるにつれて いつしか心地良い場所へと変わっていった。 何か考え事をしたいと思った時や 行き詰った時などに 僕が足を向ける場所…。 「来ていたの、チャンミン」 「かあさま」 僕とヒョンの母・クレアは 時間があればこの城の図書室で過ごすのが 好きなひとだ。 僕の読書好きは きっとこの母の影響なのだと思う。 ヒョンはここに来るよりは 父と共に釣りや狩に行くのを好んでいる。 それほど僕たち兄弟の性格は幼い頃から正反対で そのせいか、ケンカらしいケンカは ほとんどしたことがない。 僕はヒョンの外交的な性格を羨ましいと思っていたし ヒョンはヒョンで、昔から僕のいろんな面を 褒め称えてくれるようなひとだったから 僕たちは仲の良い兄弟だと言えるだろう。 「今日は何の本を探しにきたのかしら? それとも…」 「はい…」 「何か…思い悩むことがあるのかしら?」 母はふふっと笑うと 僕が小さい頃からそうしてきたように 僕の頭をふんわりと撫でた。 「大丈夫よ、チャンミン。  あなたの思うようになさい」 「かあさま…」 「もう…決めているのでしょう?」 古い洋書の埃を丁寧に払うと 母は脚立に足をかけて それを上の棚にゆっくりと戻した。 「すみません…」 母の気持ちを思うと胸が痛かった。 僕の決断は…明らかに母を傷つけるものだから。 「チャンミン…お茶に付き合ってくれるかしら? とうさまはユノと鹿狩りに行かれて しまっているのよ」 「ヒョンも来ているんですか?」 「性格はまったく違うのに、ここに来る タイミングはよく似ているのよね、あなたたちは」 脚立から降りる母の手を取る。 聡明で美しい母は、昔から少しも変わってはいない。 そう…年は決して取らないはずなのに 握ったその手は なんだか少し小さくなったような気がした…。
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