手記:本文

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 思い返せば、僕は一度として内田の過去に自ら踏み込もうとしてこなかった。それは内田も同じだった。僕がどうして極度に体裁を気にするようになったかなんてお構いなしに、お前はうそつきだと主張した。  けれど、たぶん違う。  内田は、僕に踏み込んでいた。だからこそ僕という人間の本性に気がつき、外面を全否定することができたのだ。  君がまともな人間である以上、と言い残した西林は、己をまともではないと言いたがっているようだった。片目を失う経験とは、そういうものなのかもしれない。彼の恋人が内田の友人であること。幸助と呼ぶこと。推し量るに、彼らは過去の何かによって知り合わずにはいられなかった人々なのだろう。  内田は、まともな人間だろうか。不摂生と愛想の悪さからしてまともな人間とは呼べまい。だが、彼が僕のために死ぬことはないだろう。  僕らは、犬猿の仲だ。
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