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舞台で演奏していた柊の姿を見た時、わたしは確かに感じていた。嫉妬や羨望や悔しさよりも真っ先に感じていたじゃないか。
「すきになっていたんだ……だから」
心の中でくすぶっていた不協和音の原因。それを認めるのは怖い。怖いけど、それがわたしの本当の気持ち。
柊に、恋したわたしの気持ち。
硬くなっていた蕾が、綻ぶようなそんな感覚。
だから嫌だったんだ。彼に、自分のことを鏑木壮太の娘って呼ばれるのが。ママですら、わたしのことをピアニストの娘だからできて当然だと音楽を押し付けたのだから。だけど、柊は違うと思った……いや、思いたかった。
柊にだけは、わたしのことをわたしとして見て欲しかった。だけど、裏切られたような言葉にわたしは傷ついてしまったんだ。
おそるおそる黒鍵にふれる。
凹凸部分をなぞりながら、紡ぎだす。リストの愛の夢第三番。柊のことを想いながら。
……一箇所も間違えなかった。皮肉だ。
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