prologue シューベルトの妻

14/28
前へ
/282ページ
次へ
 重たい。  鍵盤に乗せた指は弾きたくないと喘ぎながら渋々動き出す。  自分が卑屈になっているのはわかる。父親が偉大なピアニストであるのは事実だから、それを認めて誇ればいいのに、わたしはそれをできずにいる。要するにまだ、反抗期は続いているんだろう。  昨日の夜、いつもより少しだけ遅く帰ってきたわたしだが、ママは何も言わなかった。レッスンを仮病で休んだなんて、言う必要もない。  寝る前に鍵盤に向かった。今日聴いた音を、自分が思ったように弾いてみた。  クラシックとは異なる音の動き。柊の奏でた生きた音色。それはまるで、寄せては返す、波のよう。  ふぅ、と息をつく。  ……何、自棄になってるんだろう。  明日、どんな顔して柊と会えばいいんだろう。どういう風にグラン・デュオを奏でればいいんだろう。  せっかく、柊がわたしのために連れて行ってくれたのに。逃げるように帰ってしまった。  飛び出した自分に非があることは事実。周囲から鏑木壮太の娘として期待されているのもまた事実。だけど。
/282ページ

最初のコメントを投稿しよう!

302人が本棚に入れています
本棚に追加