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恋心を自覚した女の子が、すきな人に接近すると、今まで自然にできたことができなくなるような気がする。
練習室で柊と二人っきり。当たり前のシチュエーションに今更ながらどきどきするわたし。
あれから柊は何も話さない。わたしも何も話さない。無言で椅子に腰掛けピアノに向かい、互いのパートをギブアンドテイク。
二人の演奏は機械のようだ。オルゴール工場のオルゴールみたい。そんなことを考えたら少しだけ笑えてきた。だから、不審そうな顔をしている柊に声をかけた。二日ぶりに。
「知ってる? シューベルトって腸チフスで死んだって言われてるけど、実際は梅毒の治療に使われた水銀による中毒だって説があるんだ」
柊は首を縦に振る。そして逆に聞き返す。
「じゃあこれは知ってるか? シューベルトの初恋の女性はパン職人と結婚したんだ」
「どうして?」
「芸術家は金がないからさ」
自嘲するように言って、彼はピアノに向かう。先日ライブハウスで弾いた曲の低音部。
わたしはそのときの状況を思い出して、指を滑らせる。わからないところはアドリブで。彼の音楽に、自分が合わせる。
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