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いつの間にか無言で指を動かしていた。お互いに張り合うようにパートを交換しながら、同じ曲を何度も何度も繰り返す。繰り返しているうちに曲の調子が変化していく。アレンジされた新しい曲。それは化学実験を繰り返して生まれた新種の鉱物みたい。
どちらからともなく、笑い声が零れる。わたしたちが奏でたのは、シューベルトが作曲した偉大なる二重奏ではない。自分たちで作ってしまったグラン・デュオ。
「そういう顔もできるんだ」
弾き終えて、くすくす笑いつづけるわたしの耳元で柊が囁く。耳朶を優しく揺する低い彼の声は、わたしの頬を赤らめるには充分すぎる。
「何」
「楽しかったよ」
そのときは、彼が口にした一言の重さに気づけなかった。弾き終えた達成感が、わたしの感覚を麻痺させる。だから深く考えなかった。
繊細な彼の指が、わたしの顎骨にふれる。甘い疼き。彼の指が、震えている。
柊の双眸を見つめながら、首を縦に振る。
「わたしも」
そして、どちらからともなく、片方の手を握り、指を絡める。彼の顔が近づくのを見ながら、瞳を閉じる。
共にした感覚は、一瞬。
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