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優しい音色ね、と。
その夜、ママが誉めてくれた。
わだかまっていた氷柱が、音を立てて崩れたような気が、する。
音鳴だからできる音だと、ママが鈴を鳴らすように笑う。何があったのかしら、って悪戯っぽく。
わざと譜面に目を走らせて、知らないフリをする。だけど。
恋をしたからだよ、って。
心の中でママの背中に向けてこっそり告げる。
やっと、自分だけの音を見つけたような、そんな気が、したから。
* * *
すきともきらいとも、何も言わなかった。
それでも確かに、あの時のわたしたちは、心が通じ合っていたような気がした。
そう思っていたのはわたしだけだったのかもしれない。彼の気持ちを確かめることを、しなかった浅はかなわたしに、嫌気が差す。
なぜなら。柊が学校を休むようになった。わたしと一緒にグラン・デュオを完璧にした翌日から。
もう、練習する必要がないからだろうか。お互いのパートをこれ以上ない最高の形に仕上げ、あとは課題曲発表日を待つばかり、の状態になったから? でも、最高の形を保つための練習だって必要なのに……
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