epilogue わたしの愛するシューベルト

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 多感な高校時代に出逢い、初恋にときめきながら再会を約束して九年。彼の分も自分のピアノの音を鳴らそうと必死になって生きていたわたしは、支えてくれた両親の死によって夢を諦めざるをえなくなってしまった。  父親の恩師と契約結婚という形で軽井沢に隠居したわたしはそのまま恋心を腐らせていくのだとばかり思っていた。そのあいだも、アキフミが夢を叶えるために奔走しつづけていたことを知らずに。 「お前がシューベルトの妻になると言ったそのときから、俺はお前を妻にしたいと、そう思ったんだ」  調律師と人妻として再会し、夫の葬儀で社長だと知らされ土地とピアノを守るため愛人になったわたし。  アキフミははじめからわたしを妻に望んでくれたけれど、自信喪失していた自分は信じられなくて、受け入れるまでずいぶん彼を傷つけてしまった。  それでも彼は諦めなかった。夫の遺言書を探す傍らで、いつも愛を囁いてくれた。  紡をはじめ、アキフミの双子の弟たちや秘書の立花、ずっと夫に仕えていた添田や住み込みの家政婦たちにも見守られて、わたしは夫が死んでからもひとりじゃないことを痛感した。 「すぐに結婚式を挙げることは難しいでしょうが、相続の手続きが終わったら、東京と軽井沢で式を行いたいと思います」
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