epilogue わたしの愛するシューベルト

6/7
290人が本棚に入れています
本棚に追加
/282ページ
 幸い、桜色の封書に入っていた夫の遺言書にはのりがついていなかったため、家庭内裁判所で検認手続きを行う前に内容を知ることができた。それでも遺言書を発見して検認の申込みを行わなくては相続が進められない。検認を行うだけでも一月から二月はかかるだろうと弁護士は言っている。具体的相続分の確定や名義変更、預貯金の払い戻し等の手続きと相続税の申告は早くても年内になりそうだ。 「“星月夜のまほろば”のいまの管理責任者は支配人の添田になっているが、将来的にはネメにお願いしてもいいか?」 「わたしでいいの?」 「むしろ、お前が適任だよ」  カレンダーは九月を示している。  夏のシーズンが落ち着いた別荘地は週末に利用予約がちらほら入っているだけで、いまはもとの静けさを取り戻していた。相続の手続きを終え次第、別荘地の所有権は紫葉リゾートに移るため、それまでは普段通りの業務をのんびりつづけている。  夫の死後一年目にあたる昇天記念日に教会で記念集会を行ったら、ちゃんとした結婚式を挙げようとわたしたちは約束した。来年、ここ軽井沢でいちばんうつくしいという緑と花がいっぱいの季節に、わたしはアキフミのためにウェディングドレスを着るのだ。真のシューベルトの花嫁となって。
/282ページ

最初のコメントを投稿しよう!