prologue シューベルトの妻

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 柊は普段から要点しか言わないピアノ科のクラスメイト。だから、その一言は彼のまがいもない本音だろう。音楽をなめている、確かにそうかもしれない。今まで誰にも言われたことのなかった……だけどいつか言われて当然だと思った言葉。肩まで伸ばしっぱなしの黒髪で、わたしは彼に傷ついた顔を見られないようそっと俯く。 「なに自信喪失してんだよ」 「……だって」  だって? 何を言おうとしているんだろう。反論なんかできるわけがないのに。負け惜しみのように、口にすべき言葉を探す。だけど見つからないから結局黙ったまんま。  わたしの反応は、彼を怒らせるには充分だったと思う。見ていてイライラしても仕方ないくらいに落ち込んでいたから。でも、彼は怒らなかった。  その代わり。 「お前、放課後ヒマか?」 「ヒマなわけないじゃん。レッスンが」 「んなもん仮病でも使ってサボれ」 「……はぁっ?」  何を言い出すんだ突然。 「腐った音出されるとこっちが迷惑なんだよ。一人で沈んでるのは勝手だけど、俺としてはとっとと浮上してもらいたいわけ。だから」  そして、わたしの承諾なしに決め付ける。
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