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 共通紀元前354年にシュラクサイのディオンが54歳で暗殺された時、哲学者プラトーンの嘆きは、師のソークラテースが死刑になったときと同じくらい大きかったという。ディオンはプラトーンにとって弟子であり、恋人であり、かつてシケリア島に哲人王の国家を作ろうと奔走した同志だったからだ。  このときプラトーンは73歳。死まで残りの7年間、アテナイのアカデメイア学園での講義と著述とに専念することになる。  さて、アテナイのアカデメイア学園には飛びぬけて優秀な学徒がいた。アリストテレースという30歳の生真面目な男だ。自然学から天体論、気象学、範疇論、命題論、分析論二書などを著し才気煥発の学徒で、読書量と興味の幅はアカデメイア学園の中でも突出していた。  アリストテレースは師プラトーンの人生を思う。  生まれてから23歳になるまでを血みどろのペロポネソス戦争の中で過ごし、戦争が終ったら師であり恋人であったソークラテースをでっちあげにより死刑にされる。そして人生の後半をかけたシケリア島での政治活動は何も実を結ばず、恋人を殺される形で終った。それはアテナイで最も知を愛する人、つまり世界最高の知性にふさわしい人生なのだろうか?  アリストテレースは「自分はそういう人生は嫌だな」と思った。そこでプラトーンのシケリアみやげのピダゴラス教団の書物を借りて熟読し、老師に喜んでもらえるような贈り物をしようと計画した。
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