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 アリストテレースは微笑んでそう返した。  ここ数日、この木箱に納めた装置を開発するためにろくに寝ておらず、ちゃんと笑えたかどうか心もとない。 「これはピタゴラス教団の音楽理論をもとに作った装置です。ピタゴラスは音程と音程の関係を数比で表現し、複雑な体系を作り上げました。この装置の中には長さの異なる金属の棒が12本入っており、ここに音を数字に変換して記録し、また再生する装置です。試した方が早いでしょう。師よ、何か話してみてください!」  憂鬱症で普段ほとんど笑わないアリストテレースがそう努めて明るく話すのを見て、プラトーンは少し考えてから、歌人サッポオの詩の一節を歌ってみせた。 「録音完了です。では再生してみます。静かに!」  アリストテレースがそう言って装置の上についている青銅製のボタンを押すと、アカデメイア学園の半円形の議論場には他に誰もいなくなり鳥のさえずりだけが聞こえるなか、たったいま歌ったプラトーンの声が装置から聴こえてきた。 「……舌はおとろえ、もつれるけれど……わたしの肌の上には、小さな炎がくすぶり続ける……」  驚いたプラトーンの顔を見てアリストテレースはうれしそうに笑った。  しかしプラトーンが何と言っていいか言葉を探して黙ってしまったの見て、アリストテレースはうつむいた。  まただめだったか。
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