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この老師と自分とは根本から考えが合わないところがあったし、自分の方がいずれ乗り越えてやる、あるいは自然学や論理学ではすでに凌駕しているという自信があった。このアテナイのアカデメイア学園では並ぶもののない学識を身につけ、遠くマケドニアの宮廷からも王族の子弟の家庭教師にとスカウトの声が届いていた。
しかしアリストテレースは、プラトーンの理想に自分がいつまでも届かないことに気づいていた。
やがてプラトーンががっくり肩を落としているアリストテレースに声をかけた。
「声を保存して再生できる技術はたいしたものだ。さすが、わが学園の駿馬。いずれその背に偉大な人物を乗せて、未知の世界へ届けるだろう。だけど人々はわたしの言った言葉をまねて繰り返し、自分が考えたことのように錯覚するか、または何度も私の言葉を繰り返して聴くことで満足してしまうだろう。それは本当の知への愛とはちがうんだ。わたしが師ソークラテースと最後の数年を共にして学んだこととは」
アリストテレースはうなずき、とぼとぼと自分の研究室に戻った。
しかしアリストテレースはまだあきらめていなかった。
声だけではだめなら、師の姿も見られたらどうだろう? 師がいつも講義をするときの白熱し、頭が沸騰するような興奮、好奇心を無限にかきたてられ、宇宙の果てのその先まで知りたくなる気になる講義を再現できたら?
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