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泣き続けた数日間、両眼は昭和の怪談話に出て来そうなお化けの様に見事に腫れあがっていた。高校卒業から二十年近く引きこもり社会との接点を自ら断ち切っていたツケが回ったのか、あらゆる人との対話が苦痛に感じる。
祖母の納骨も無事済ませ自宅へと戻る私に声をかけたのは、借家の大家である緒方さんだった。
「あれ、もしかして七海さん?」
「あっ、はい……」
「お婆ちゃん大変だったね。身寄りはあなただけだから、色々疲れたでしょ」
「あっ、はい……」
「こんな時に悪いんだけどね、お家賃、実は二ヶ月分滞納してるのよ」
所詮は他人――、
まだ心の傷も癒えぬ時期、悪徳金貸しの様に何の配慮も無く請求してきた。祖母の年金をあてに生きて来た自らを、この時心から恥じる事となる。外出もしない、贅沢もしない、だからお金もかからない。そんな子供の考えなど社会では通用しない現実。
『おばあちゃん、家賃滞納してたんだ……』
「あのさぁ、言いにくいのだけど、その、保険金――」
そう告げた大家の顔を見つめ私は何も語らず、首を横に振り、深々と頭を下げ月末までに翌月分と合わせ三ヶ月分家賃を支払う約束を交わす。大家の後姿が消えるまで上げる事の出来なかった頭、視線の先にはおばあちゃんが大切に育てていた祖父自慢の盆栽、その脇に隠す様に足で押し込んだのだろう捨てたばかりの八本の吸い殻。
『大家のババア、待ち伏せしてやがった――』
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