幸せとは不幸の反動の基にあり、不幸とは幸せの反動の基にある1

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過去 ~気体から固体へ あれから二日後の夜、食事も終わり、風呂にも入り時刻は零時を回ろうとしているところ。やることがないが眠気もなくぼんやりと携帯を眺めていると、 「ピロン」 ラインの通知音と共に画面の上の方にメッセージが一言。 「はなそう」 室井からだ。あの日の帰りに連絡先を交換しておいた。 「いいよ」 もちろん俺は暇だし承諾する・・・そしてもう一言。 「通話?」 方法を聞いてみた。さすがにこの時間は普通ならばきついか。 「あーできんの?」 返信的に室井も同じことを思っていたらしく予想外と言わんばかりの返信が来る。 「出来るよ」 「わかった、かける」 と室井から言われ三十秒ほどして  「ピロンピロン~♬ ピロンピロン~♬」  ラインの着信音、電話に出る。  「あーもしもし」  と声をかけると  「もしもーし」  室井の軽い感じの声が聞こえてくる。  「こんな時間に普通に通話できるんだな」  俺が聞くと、室井は苦笑しながら 「こっちの台詞だわ」 やはり向こうも同じことを思っていたらしい。 「いやだいたいこの時間みんな通話できなくね」 「しょうがないよみんないい子だから」 それは俺のことを悪い子っていっているのだろうか。 「まあいいや、そんで?」 「ん?」 「なんで急に話そうと思ったの?」 本題を聞いてみることにする。 「いやさあ単純に疑問なんだけど笛坂はなんであんな野球部嫌ってんの?」 素直な質問が来た。その前に少し引っかかる点を聞いてみる。 「あんなって?」 「ん?」 「なんであんななんてあくまで俺がどのくらい嫌ってるか分かってるみたいな言い方したの?」 そう、あれから今まで俺と室井は野球部についての会話はしなかった。特に話すことがなかったからだ。 だからあの日俺が野球部のことを嫌ってるとわかってもどのくらいまでかは話してないしわからないはずなのだ。しかし・・・。 「よく聞いてるねぇ」 室井は少し笑いながらそういった。そして 「だって野球部が話したり、野球部の話が出たりしたときの目つきというか見る目か、それがガラッと変わるでしょ」 なるほどな・・・ 「いつから?」 「初日から」 こいつは初日から俺が野球部に対して良い感情を抱いてないことに気づいてたのか。 あの時か。担任の原田が野球部の顧問だと名乗ったとき。 俺が気がつかないところで観察されていた・・・と。 「よくみてんな」 俺は驚いたと同時に少し納得もした。やっぱこいつは普通じゃない。 「そう?」 「まあいいや、なら俺も逆に聞きたい。室井はなんで嫌いなの?」 俺が聞くと 「脳筋だから、なんも考えられないその場でのノリと勢いでしか動けない動物みたいな奴ら」 それを聞いて俺はもう一つ質問してみる。 「野球やってた?」 すると室生は 「はぁ?野球?やるわけないだろあんな脳筋スポーツ、嫌いなんだよ」 「・・・」 野球やったことなくてそれに気付くのか。 どうやら本気で気が合いそうだ。 黙って考えていると 「んで、なんで嫌いなの?」 でもあれだな、今の話聞いた後じゃあ少し言いにくいな。 でもまあ良い、もし俺がここでこれを暴露してこいつが俺を嫌うようならそれまで。 もとより俺はこいつと仲良く出来なかったってことだ。 そう思って淀みなくはっきりと答える。 「俺中学まで野球やってたんだよ」 「ふーん、それで?」 「それで?」 俺の予想とは少し違った反応。室井は冷静にその先を促してきた。 「そう、やってたとして、どうして嫌いになったの?」 聞かれて答える。まずは簡潔に、そう、まるで小説の書き出し文のように。 「俺は、暑苦しいのが苦手なんだよ」 そして俺は中学校のクラブチームのこと、そこでの経験、思い、ある程度の考えを室井に話した。 「なるほどねぇ。まあ少しは予想してたよ笛坂が野球やってたのは」  一瞬意味がわからなかったが、俺はすぐに心当たりを見つけた。  「坊主頭の二人がわざわざ別クラスから六組まで来て話してたからだろ?」  「そう、少し疑問だったけどそれで予想できたし、笛坂が野球やってたってのを聞いてもあんま驚かなかったわ」  「なるほどな」  俺も色々納得した。  ほんとこいつよく見てるし頭の回転速いな。 そんなことを考えていると室井がこんなことを聞いてきた。  「あいつらのこと好きなの?好きというかで仲良くしたいというか、そんな感じに思うの?」  この質問を受けて俺は、なんというか、すっきりじゃないけど、心のどこかで聞かれたいと思っていたのかもしれないことを自覚する。  そしてはっきりと答える。  「好きなわけないだろ、そもそもあいつらと一緒のクラブが原因で野球というものが大っ嫌いになったってのもあるんだから」  「でもあいつら見た感じでは笛先のこと仲良いと思ってんじゃね。知らんけど」  「どうだろうね、わからんわ、少なくとも俺は仲良くしたいとはあまり思わんね。クラスも離れて良かったよ」  「友達?」  「ともだち・・・か、まあ定義良く分からんけどそんな感じなんじゃね」  俺がどっちつかずな回答をしていると室井はさらに踏み込んだそいて俺にとっては初めてされる質問をしてきた。  「なんで関わってるの?」  室井がそんなことを聞いてくる。俺はちょっとよく意味がわからず、  「え?」  そんなような間の抜けた反応をしてしまう。  「いやだから嫌なのにどうして関わってるのって」  それでも室井はまた同じ質問をしてくる。  俺は良く分からないながらも頭に浮かんだことを口に出して答えてみる。  「いやなんでっていわれても・・・中学で知り合ってそのままここに一緒に入学しちゃったし、あと親同士が仲良いってのもちょっとな・・・」  「切ればいいじゃん」  「・・・え?」  俺はまた意味が理解できずさっきと同じような反応をしてしまう。  ただそれと同時に俺の中の何かが・・・。  「いやだからさ、切れば良いじゃんって」  初めて聞いた言葉だった。  「きる?」  「そう、関係を切れば良いんだよ嫌なら。嫌なものと無理に関わる必要はない」  「きる・・・か」  俺は室井にそんなことを言われて、固まった。固まってじっと、じーっと考えていた。  「笛坂?あれ、聞こえる?」  俺が黙ってしまったことにより回線が落ちてしまったと思ったのか電話越しに室井が何度か呼びかけくる。  ただ今の俺にはそんなことはどうでも良い。  このなんというか、今まで抱き、増加し続けてきたこの不満のもやもやの塊、人間関係におけるあらゆることに抱いてきた怒り、憎しみ。  ただ自分の中でどうして良いかわからず、ちょっと他に比べてきついだけなんだろうと、自分の弱さ故に無理矢理納得し、押し殺してきた。それでまたその時に悔やみ、次は、と考えていた。中学校のあの出来事や野球のクラブチームで不満や憎しみ、恨みと共に経験としてこれから、高校、大学、大人になってからは同じような目に遭わないようにと『これから』の人間関係はもっと慎重に冷静に構築していこうと考えていた。  そして今回の高校に入学式でも俺はこれからどうするかを考え、過去や今の関係には目も向けなかった。  しかし、そうだ、室井の言うとおり切ればいいのだ。嫌な奴らは、関わりを持ちたくない奴らは、今からでも関係を棄てればいい。中学の野球クラブチームで同じだからなんだ、親が仲いいからなんだ。  そんなもの俺には関係ない。  そんなことに気を遣う必要などないんだ。 これからの関わりにおいてのみ少し冷たく威厳を持つことなどない。 今からでも、過去でも嫌だと、不満だと自分にメリットを及ぼさないと感じた奴らは全員切ればいい。 そしてこれからの関係でも・・・。 俺はこのとき、今まで心の奥底で日々たまり続けてきた、いわば紫色のガスのようなものが『切る』、この一言によってゆっくりと・・・気体だったガスが形を帯びた固い塊へと変化していくのがわかった。  そして俺はやっと口を開く。  「そうだな・・・その通りだよ・・・すごく単純で簡単なことだったがずっと気付かなかった。感謝するよ室井」  「ふーん、それはよかった」  この一言で室井はある程度を悟ったのかしばらくなにも言わなかった。
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